1 捕獲

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1 捕獲

黄金に輝きながら、太陽はビルの間から顔を出した。 充電を終えた後、俺はひとり跨線橋の上でたたずんでいた。 現在の時刻は4時半を過ぎたあたりだ。 橋を通る人はあまりおらず、俺のことを誰も気にしない。 今にも太陽に呑み込まれそうだ。 徐々に世界が色づいていき、1日が始まる。 確かに、これはいい光景だ。 湧き立つ興奮を抑えながら、じっくりと観察する。 ここまで美しいものは、もう二度と見られないかもしれない。 心のシャッターを何度も切りながら、脳内に焼き付けていく。 言葉にできない感動がじわじわと染み渡っていく。 「おい、そんなとこで突っ立ってんじゃない」 棘のある言葉で、一気に現実に引き戻された。 めったに見られない光景だったから、つい夢中になりすぎてしまった。 すぐに道を譲ろうとした瞬間、俺の意識はそこで途切れた。 こうして、心を持つロボットIは捕縛されたのである。 Iが捕縛されたことは、すぐに世界中に伝えられた。 各メディアで朝一番のニュースとなり、しばらくの間はこの話題で盛り上がることだろう。 国際人文機械学研究所は、言わずと知れたロボットの研究所である。 今や一家に一台、ロボットがいる時代だ。 家事の補助から医療現場など、様々な分野で活躍を見せている。 ロボット研究の最先端であり、まさに最高峰と言える場所だ。 そこに所属していたのが、Iを生み出したエルダ・ペリドーテである。 Iは世界初の自律思考ができるロボットとして、生み出された。 だが、世間はその奇抜なロボットを受け入れることはできなかった。 自分で考えることを気持ち悪いと言われ、人類に反逆する危険分子と見なされた。 二人は研究所から脱走し、日本のとある町に移住した。 その後は綿密な捜査によりエルダだけが捕まり、Iは行方不明となっていた。 噂の指名手配犯を今朝方発見し、日本支部へ連れ戻したのが大井純である。 黒髪のポニーテールを緑のシュシュで止め、主にロボットのメンテナンスなどを担当している。 元々は研究所の所員だったが、スキルが認められて大手のIT企業に就職した。 純はその日の深夜にメンテナンスの予約が入っていた。 その客は何かと忙しいらしく、どうしてもその日の夜にならないと都合がつかなかったらしい。 時間帯を選んでしまう客は何かと嫌われがちだ。 たらい回しにされていたのを純が渋々引き受けたのだ。 メンテナンスが終わり、自宅に戻ったのは零時を回った頃だった。 あまり休んでもいられず、シャワーと仮眠を取って出勤した。 あの跨線橋は彼女の通勤路で、駅と直接繋がっていた。 まさか、あんなところで突っ立っているとは思ってもいなかった。 ついに訪れた大チャンスを逃すわけがない。 背後から迫り、強制的に電源を落とした。 指名手配犯であるIを捕らえたことで、彼女は一躍ヒーローとなった。 彼に掛けられていた賞金もとい、エルダの財産を贈与されることになった。 「ていうか、何してたんだろうな。こいつは」 ヒーローになっても、仕事がなくなるわけじゃない。 Iの頭部を外しながら、純はぼやいた。 見つけたからには責任をもって対処しろ、だそうだ。 自分たちが近づきたくないから、彼女に仕事を押し付けているだけに過ぎない。 朝早く行動するのは分かる。 追手から逃げなければならないから、のんびりもしていられない。 あの橋にいるのも分かる。あの跨線橋が隣町への最短ルートだからだ。 ただ、あそこで立ち止まる意味が分からない。 何か特別な思い入れでもあったのだろうか。 Iの記録を解析すれば、すべて分かることだ。 バッテリーも抜いたし、四肢も取り外した。 よほどのことがない限り、自力では動けないはずだ。 「さて、これですべて終わるといいんだけどな……」 彼女はため息をついた。Iのパーツにこれといった不具合もなかった。 どの部分も正常に機能している。 ただ、「心」を作り上げたエルダのことだ。 何か仕込んでいるような気がしてならない。 「一回、胴体の中も確認してみるか」 Iの肩に手を触れた瞬間、彼女を呼ぶ声が聞こえた。 「おい! 聞いたぞ、お前! あんなの一体どこで!」 ばたばたと大きな音を立てながら、カインは彼女に駆け寄った。 エプロンにはシミがつき、額からは汗がこぼれている。 休憩が取れた途端、ここまで走ってきたのだろうか。 「あんなのって……今朝、あそこの跨線橋で捕まえたんだよ」 こいつが来たってことはもうお昼時なのか。 そう思った途端、盛大に腹の音が響いた。 カインは吹き出し、声を上げて笑う。 「とりあえず、飯でも食うか? ヒーローさんよ」 「ま、細かい話はその時にでもするさ」 二人は笑いながら、その場を後にした。
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