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2 三原則
「で、どうするつもりなんだ?」
カインはメニュー越しに純を見る。
近くの定食屋に行き、向かい合わせに座った。
「どうするっていうか……さっきの見ただろ?
あの後、胴体の中を確認して本部に送るんだ。
それで、今日の夜に記者会見を開いて、詳しいことを話すことになってる」
Iを見つけたとはいえ、彼女に決定権はない。
今後は研究所の判断によって決まる。
何かしたくとも、どうにもできないのが現状だ。
それで彼女自身は困ることは特にない。
ただ、カインの様子があまりにも暗い。
「アイツ死んだんだな、本当に」
ぽつりとつぶやいたその声は沈んでいた。
「アイツ」と呼ぶほどの親しい仲だったらしい。
「そんなに悲しむことないだろ。
結局、こうなる運命だったんだよ」
過程はどうあっても、Iは捕まっていた。
エルダが心を生み出し、世界を敵に回した。
その時点で、運命は決まったようなものだ。
「どのみち、エルダが持っていた財産を譲り受ける形になっちゃうからな。
まずはメーガンを新調して、それからもう一体追加するか?
自分一人だときついって言ってたものな」
今を考えるのが辛いなら、楽しい将来を考えたほうがいいかもしれない。
メーガンは数年前に発売された、かなり古いロボットだ。
技術の進歩が激しくなっていることもあって、新しい機能に追いつけない。
老体に鞭打って頑張ってはいるものの、限界が来ていると前から話を聞いていた。
「いいのか? そんなことのために使って」
カインは少しだけ顔を上げた。
「いいんだよ、今のところはそれくらいしか使い道が思いつかないんだ。
それに、お前の店って本当に評判いいんだよ。知らなかっただろ?」
純がそういうと、無言で目をそらした。
世界中のありとあらゆる店で修行してきただけあって、料理の腕はかなりのものだ。
念願であった店を開いたはいいものの、なかなか客が集まらないらしい。
「これだけ成功したんだ。
きっと、エリーゼも喜んでるよ」
「だと、いいんだけどな」
一時期、二人はエリーゼという老婦人の下で働いていた。
カインは専属の料理人として、純はメーガンのメンテナンスを担当していた。
それ以外にも細かい雑用を頼まれたり、何かと気を使う場面があったり、メインの仕事以外がハードだった。
それでも、彼女は二人を家族のように接してくれたし、本当に暖かい場所だった。
彼女の死でもって、彼らの雇用契約は終了となった。
純は日本の研究所に戻り、カインとその友人たちが一緒に来ることになったのだ。
「なあ、純。
ずっと聞きたかったんだけどさ」
おそるおそるカインは話を切り出した。
「どうして、心を持つことが悪いことなんだ?
おとぎ話であっただろ、ブリキのロボットがハートをもらいに仲間と一緒に冒険するってやつ。
あれみたいにさ、ロボットが人間が持つ心を求めても全然おかしくないはずだろ」
素朴でありながら、難しい質問だ。
人間が機械の技術を必要とするように、ロボットが人間の精神を欲していると考えてもおかしくはない。
確かに彼の言うとおり、心は人間にしかないものだ。
それを否定することは、人間の存在そのものを否定することにもなる。
「少し長くなるけど、いいか?」
「いいよ」
二人の目の前に、それぞれ頼んだ料理が運ばれた。お互いに手は付けない。
相手は度がつくほどの素人だ。
かなりかみ砕いて話さなければ、理解できないだろう。
「じゃあ、ロボット工学三原則から話すか」
ロボット工学三原則はアイザック・アシモフが執筆した小説に登場する原則である。
その名の通り、ロボットや人工知能が従うべきルールである。
現在のロボット工学の指針として、製作及び研究がされている。
『第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
自己をまもらなければならない』
この3つルールを破るという発想すら今までなかった。
原点にして頂点、文句のつけようがない原則をエルダはぶち壊したのだ。
純は箸で焼き魚をほぐす。
茶碗に盛られた白米の上にのせて、一緒に食べる。
それを見て、カインも自分の料理に手をつけ始めた。
二人の間に沈黙が下り、もくもくと食事をしていた。
「言われてみれば読んだことあるわ、その本。
てっきり、小説内の設定だとばかり思ってたけど、なんか奴隷みたいだな?」
カインは率直に意見を述べた。
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