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3 奴隷
アイザック・アシモフが三原則を示唆したのは、もう数十年も前の話だ。
彼の言うとおり、ロボットを奴隷のように扱うことに違和感を覚える人も少なくはない。
彼らにとって、この三原則は「老害が押し付けてくる古臭い慣習」のように感じるようだ。
今や、ロボットや人工知能は人間と対等の存在になりつつあり、切っても切れない存在だ。
彼らにも人間と同等の権利を与えるべきという意見も一部で賛同を得ている。
「実際、未だに決着がついてないんだよな……その議論。
けどな、逆に言えば、ロボット工学の原点とも言えるべきものなんだ。
原点を忠実に守るのは、どんな分野だってそうだろ?」
「あー……まあ、そうなんだけど。
そりゃ、確かにさ。主人に歯向かう奴隷がいたら、たまったもんじゃないんだけど」
カインは茶碗を一回おいて、頭を抱える。
「結局、人間様より強い立場の奴を生み出したくないだけなんじゃないのか?」
「それは、どういう意味だ?」
純の箸の手が止まる。
これまで聞いたことがない意見だ。
「俺が思うにさ、その三原則で言いたいのは『自分で生み出したもんは自分で管理したい』ってことなんだろ?
正直、気持ち悪いにもほどがあるよ。どいつもこいつも、子離れができてないだけじゃないか」
なるほど、その考えは思い浮かばなかった。
ロボットを奴隷ではなく、自分の子どもとして見るのか。
子どものことを思うあまりに行動を束縛してしまう親のようなものか。
「……いずれ、ロボットも親である人間の手から離れるべきだってことか?」
カインは無言で食事を再開する。
肯定ということだろうか。
あるいは、その通りだという意味か。
「たとえ、人間と戦争を起こしたとしても?」
「親子喧嘩ってことか?
そうなってもいいんじゃないか?
お互いに向き合う方法の一つではあるだろ」
カインは真顔で言いのけた。
純は眉根を寄せた。
戦争を肯定するのか、この男は。
その思想はあまりにも危険すぎるし、そこまで過激な意見が飛んでくるとは思わなかった。
他の研究員だったら、激怒していただろう。
だからといって、頭ごなしに否定もできない。彼の話も決して分からないわけじゃない。
その三原則を無視し、人間の手から離れて行動できるようになるのを示したのがIだったからだ。
Iの技術を受け継いだ機体たちが世に出回っていれば、ロボット工学全体の技術も格段に上がっていたはずだ。
「じゃあ、その理論の肯定派の意見を聞いてもらうけど。
その親子喧嘩を防ぐためでもあるんだよ」
今度はカインが話を聞く番だった。
「ロボットが自分の意思を持てるようになったとするだろ。色々なことを考えていくうちに気づくと思うんだ。
地球に悪影響を与えているのは人間だってことに」
「それで?」
「極端な話、人類が地球を破壊しているわけだしな。
このまま時代が進んでいけば、環境はより悪化するのは目に見えている。
資源を消費し、土地を荒らしているのは人間どもだからな」
「話が壮大になって来たな」
「ありえない話じゃないと思うぞ。
どれだけ頑張ったところで、人間同士の格差も縮まるわけじゃないしな」
今の人工知能は人間よりも賢いし、知識も豊富だ。
自分の持つ知識をフル活用し、世界をよりいいものにしようとするはずだ。
そこで人間の存在がネックになってくる。
生みの親である人間が地球環境を破壊していることを理解してしまったら、確実に武器を人類に向ける。
相手は学習すればするほど、強くなっていく。そのスピードも人間の倍以上だ。
人類はそのうち対抗できなくなってしまう。
「そこで、ロボットは人間より立場が下であると定義づけるんだ。
自分を生んだ親を敬い、尊いものとして扱うのは自然なことだろ?
三原則だと奴隷みたいに書いてるけど、お互いを守るためでもあるんだよ」
ロボットをロボットとして扱い、人間は人間として区別する。
こうすることで無駄な争いは回避できるし、互いの立場は守られる。
「まさかとは思うけど、そこまで考えさせないためにロボット工学三原則は必要だってのか?」
「それだけの力を持てるのがロボットなんだよ」
人類以上の力を持ちながら、人類の手元に置ける存在がロボットだ。
自律思考を与えないことで、彼らとのバランスを保っている。
「ということは、エルダは見事にその三原則を破ったんだな」
「ロボット工学における最大の禁忌を犯したんだ。到底、許されるものじゃないさ」
同じ道を志した者だからこそ、エルダのことはなおさら許せなかった。
それだけの技術力をもっと違うことに活かしていれば、死ぬことはなかったのだ。
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