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ブラックホールの子ども
コーヒーは小さいブラックホールだ。失恋した日は特にそんな気がする。
失恋すると必ずやる儀式がある。
砂糖もミルクもクリープも一切いれず、地獄のように真っ黒い、ブラックホールのように底なしのコーヒーを淹れ、何かに憑かれたようにただひたすらコーヒースプーンでかきまぜるのだ。
1回、2回、3回、4回……。
どん底まで沈みきっただんだん気分が浮上して来る。きれはきたない、きたないはきれい。マクベスの魔女になりきって呪文を唱える。
回せば回すほどいい。
混沌がより深まって渦を巻く。
当然苦い。私は甘党なんで、砂糖もミルクもクリープも一切いれないコーヒーなんて苦くてまずくてとても飲めたもんじゃない。でもそれがいい、それじゃないとだめなのだ。
私はブラックホールを体に入れる。
液状化したブラックホールは私の口を焼き、喉を通り、コールタールのように胃にわだかまってそこでビッグバンを起こす。そしてまたブラックホールが生まれる。
彼と別れた哀しみも言い返せなかった悔しさも全部そのブラックホールに吸い込まれて消えてしまえばいいと願い、クッキーを取り出す。
クッキーをコーヒーに浸してふやかすと、あんなに苦くてまずいコーヒーがまろやかになるから不思議だ。
クッキーとコーヒーは相性がいい。甘いものと苦いものは溶け合って共存する。
クッキーのかけらを胃の中のブラックホールに放りこむと、そこで炭酸の星屑に化けて瞼の裏側でパチパチ弾ける。
現在、五歳になった娘も同じことをやってる。
マグカップに注いだコーヒーの中に真剣な顔でクッキーのかけらを投げ入れ、まるで化学実験のような身構え方で、ブラックホールが生まれる決定的瞬間をとらえようとしている。
血は争えない。
娘はブラックホールの子供だ。
あの日私が飲み干したブラックホールから生まれた子供。
私の中のブラックホールとあの子の中のブラックホールは、きっと繋がってるんだろうな。
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