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「……あ」
振り向くと、表情の読めない顔の三栖君が、寝室との境の引き戸にもたれて立っている。
ぱっと見は無表情だけど。この顔はちょっと、ご機嫌斜めかも……。
「あの、これは」
取り繕おうとした私の言葉を、
「もしかして」
ほんの数歩で狭いダイニングを横切り、私の前に立った三栖君が遮った。
「ホットじゃなくて、アイスがよかったとか?」
そっと、片手を私の頬にあてる。
「……えーと」
初めて知った。
なんでだろ? 顔が動かせないと、言い逃れってしにくくなるんだね……?
「それくらい言ってくれれば。やるって言ったのに、俺」
そこで彼がふと気づいたように、
「あ……俺の淹れるコーヒーって、あんまり好みじゃなかった?」
ちょっと慌てた口調になった。
「それはない」
あっさり私は答える。
普通に美味しいもん、三栖君のコーヒー。
「よかった。じゃあさ」
ほっとした顔になった三栖君が、改めて私の顔を見下ろした。
「なんで自分でやろうとしてんの? 今」
「……なんか、頼りすぎかなって。最近」
ぼそぼそと白状すると、三栖君はちょっと遠い目になった。
「……言ったよね? 頼れって」
小さく息をついて言われて、
「……だって」
私は眉を下げる。
「さっきもう、虫取ってもらったし」
「けど、そのせいで今まだ弱ってんでしょ?」
「……」
だからって、コーヒーくらい淹れられるし。
「ダメージくらってんのわかったから、甘やかしたかったのに」
悲しそう? いや、拗ねてる? よくわからないけど、とにかく不本意そうな顔の三栖君に言われて、
「……うん」
仕方なく私はうなずく。
そのとき不意に、三栖君が私の斜め後ろに手を伸ばしてガスの火を止めた。
「あ」
コンロで沸騰しかけていたケトル。
(ほんと、よく気がつくなあ)
ケトルから視線を戻した私の前で、
「え?」
三栖君が覆いかぶさるように腰をかがめた。
私の背後の調理台についた、骨っぽい両手。
長い腕で腰の両脇をがっちりホールドされて、私はキッチンと三栖君に挟まれた形になる。
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