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十月一日付の転居を伴う異動の内示が出たのは、通例通り九月一日。
鵜野課長からその打診があったのは、八月の下旬に入ってすぐのことだった。
「え? 『発酵センター』の管理部ですか?」
お盆休みを過ぎたばかりのある日。
昼休み明けに「ちょっと打ち合わせを」と声を掛けられ、向かい合って座った部内の会議室で思わぬ話に目を見開いた私に、
「そ。ぴったりでしょ? 薔子さんのキャリアに。今の開発支援課の業務を、質量ともにどーんとおっきくしたような仕事になるはずだし」
課長は黒縁眼鏡の下の大きなタレ目を光らせた。
「僕も、東京からひとりで管理部長しに行くなんて寂しいからさー。薔子さんと一緒がいいなーって思って」
「……光栄です」
なんと、課長も十月から大阪らしい。それも、新しいセンターの管理部門の責任者として。
(また一緒かー。このタヌキ親父と)
新しい職場でも、仕事はしやすいけど油断のならないこのタヌ……鵜野さんの下で働くということがわかって、私は安心したりちょっとがっかりしたりする。そうはいっても同じ課内にいる今とは違って、部長とヒラの一部員ではだいぶ距離感があるだろうけれど。
鵜野課長の言った通り、大阪にできる新しい研究所、通称「発酵センター」は、今いる東京本社の研究開発部よりもかなり規模の大きな研究施設になる。
食と発酵について、飲料だ食品だという垣根を越えてより深く大規模に取り組む施設。その研究部門を外部と結ぶ管理部の業務というのは、私の希望にぴったり合っていた。
しかし、さすが鵜野さん。名目上は課長から部長という一般的な昇進とはいえ、いきなりこんな重要なポストにというのはすごい出世ということになるのだろう。とはいえ、社内のどこを探しても、この仕事に関して彼以上に能力と経験のある人材なんて見当たらないから、当然の人事ではあるけれど。
そして、彼の言葉が嘘でないなら、その彼に私は「引っ張られた」ということらしい。
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