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『……おめでとう、で、いいんだよね?』
九月初めの内示で大阪行きが確定して、一番に電話したなるみんから、最初に言われた言葉はそれだった。
「うん、ありがと」
スマホの画面の向こうの心配そうななるみんに、私はうなずく。
「ほんと、私の希望通りの業務内容だし。こんなに早く叶うとは思ってなかったけどね。代理っていうのも、まだぴんとこないし」
数年前、「発酵センター」の構想が発表された頃から、いつかはそこで働いてみたいという淡い希望はあったけど。センターの立ち上げという重要な時期に携われるなんて、思ってもみなかった。
『まあ、そんなもんだろうけどさー』
複雑な表情でなるみんがうなずく。
『秋から大阪ってことだよね?』
「うん。今月の後半に、向こうの社員住宅見に行ってくる」
九月一日付で研究開発課を離れた鵜野課長とは違い、私は転勤前日まで今の職場だ。
新しい研究所の管理部門の長ともなれば、本格スタート前にいろいろとやることがあるらしく、鵜野さんは総務部付という身軽な立場で一カ月間準備にかかるという。
わざとさばさばした口調で言った私に、
『……で、どーすんの? 三栖君』
なるみんが核心を突いた。
『亘理のことぶん殴って、ストーカー辞めさせてくれたばっかなんでしょ? これで安泰、って思ったとこで、遠距離とか』
「……うん。まあ、そういうこと」
私は画面から目をそらしてうなずいた。
なるみんの言う通り、あのファミレスでの一件があった七月の終わりから、ひと月ちょっとしかたっていない。
「だから、彼に言うのはまだ先でいいかなって。どうせ当日になれば、社内で異動の連絡あるし」
四月に比べて十月の異動は人数が少ないから、部署も年次も違う彼の耳にも早々に私の情報は届くはず。
『ちょ、ショーコ? なに言ってんの? もっと早く教えてやんなって!』
なるみんが大きな声を出した。
画面越しでも、眼鏡の奥の目が大きく見開かれているのがわかる。
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