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『いくら大人っぽい子でも、内緒にされてたら傷つくよ? このタイミングで遠距離切り出すって、しんどいのはわかるけどさあ』
「……それなんだけど」
眉を下げて、私はなるみんの顔を見返した。
「……縛りつけるようなことするのは、違うかなって思ってて」
『……え?』
戸惑ったように私をみつめるなるみんに、小声で続ける。
「……まだ二十七になったばっかの子に、そういうのはどうかなって。つき合い出してすぐだし」
『じゃあ、言わないの? 転勤のこと』
かぶせるように早口で訊かれて、
「んー……考え中」
私は髪をかき上げた。
「さすがに、当日まで黙ってるっていうのはないと思うけど……ちょっと、彼の様子を見ながらっていうか」
『……そっか』
画面越しに顔を見合わせ、思わずふたり揃ってためいきをついた。
タイミングとか、性格とか。自分と彼の年齢とか。
いろいろと難しいことは、言葉にしなくてもお互いにわかる。
それ以来、なるみんから三栖君とのことをたずねられることはなかった。
「……はあ」
私はためいきをつくと、バッグからお茶のペットボトルを取り出した。
新大阪には午前のうちに着くから、お弁当は買っていない。
結局、九月下旬の今日まで、三栖君には転勤のことを伝えられないままだった。このままでは本当に、彼に言えないまま十月を迎えてしまうかも。
……やっぱり、彼とはお別れすることになるのだろう。
(――それで、いい)
私は下唇を軽く噛んだ。
だって。
「待ってて」なんて、とても言えない。三栖君に。
東京に戻るのが何年後になるのかなんて、わからないし。
まだ二十七の彼に、そんな事情のある三十過ぎの女を背負わせるなんて重すぎる。
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