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「それは」  言葉に詰まった私に、三栖君がそっと目を上げた。 「隣にくらい、いさせて?」  真っ黒な瞳が揺れる。 「邪魔しないから。薔子さんの夢」 「――ごめん」  心から私は謝った。 「知らなかったから、三栖君も大阪なんて。それに」  かぶりを振って言いかけた私に、 「わかるよ。俺のこと待たせたくなかったんでしょ?」  かぶせるように三栖君が言う。 「でもそんなの、俺が決めることだから」 「だって……」 (そこで迷わず別れを選ぶような人だったら、こんなに悩まなかったよ)  胸の中で私はつぶやく。 (でも、まだ若い三栖君を縛りつけるなんて)  言葉を選ぶ私の肩に、不意に三栖君が頭を預けた。  ふわりと漂う彼の香りと、小さくても女性とは違う頭の重み。  驚いて、私は動きを止める。 「……寂しいじゃん。黙って行かれんの」  ひとりごとみたいなつぶやき。  首筋に触れる、さらりとした髪。 「……」  そっと見下ろすと、三栖君は私にもたれたまま、拗ねた顔で窓の外を見ていた。  長い睫毛が、白い頬に影を作る。 「……ごめん、ね?」  微笑んで、ピアスのあとの残る耳に私はささやいた。  なぜだろう。じんわりと、胸の中でなにかが溶けていくような気がする。  目を閉じて、私はつぶやいた。 「――三栖君は、大人だなあ」  もっとキレても、全然おかしくない状況なのに。  そんな怒りの下にある本心を、こんなときでもちゃんと伝えてくれて。 「……ありがとう」  面倒くさい私のこと、追いかけてきてくれて。  ぽろりと、涙が一粒頬に落ちた。
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