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「そんな、あっさり諦めませんよ。俺」
下から手を伸ばした三栖君が、親指でそっと私の涙を拭う。
「今回は、偶然一緒に転勤になったけど。この先、もしも遠距離っていうか、どっちかがまた転勤とかになっても。できること全部考えて、なるべく一緒にいられるようすり合わせる。薔子さんを、手放したりしない」
三栖君の黒い瞳が、至近距離から私を射抜く。
「だから、薔子さんも諦めないで? 俺のこと」
どきんと、私の胸が大きな音を立てた。
「ねえ薔子さん。……怖かったのも、あるんじゃないですか? 黙って行こうとしたのって」
静かな目で三栖君が言う。
「俺に、遠距離断られるのが」
(――あ)
思いがけない指摘に、私は目を見開いた。
言われてみれば。あったかもしれない。
三栖君のことを縛りたくないっていう、きれいな言いわけの裏側に。
彼から別れを告げられるのが怖いから、その前に自分の方から離れようとする気持ち。
「ひとりって身軽だし、傷つけられることもないけど。ひとりに、逃げないでほしい」
私の肩にもたれたまま見上げる彼を、言葉もなく私は見返す。
(――そっか)
怖かったのかも、私。拒まれることが。
三栖君っていう、大切な人に。
不思議だ。
気づいていなかったはずの自分の一面だけど。一度言葉にすると、前から知ってたみたいにしっくりくる。
「頑張るから、俺。薔子さんを、怖がらせないように」
包み込むような声でささやかれて、一度おさえた涙がまた出そうになった。
ずるいよ三栖君。
普段は照れ屋なのに、そんな目で。
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