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「あ、そうなんだ」  私はうなずく。  鵜野さんは今月頭にうちの課を去り、入れ替わりに来た新しい課長の下、わが開発支援課の仕事はなんとかまわっている。  今は総務部付という立場で、まもなくスタートする「発酵センター」の準備に奔走している鵜野さんが、三栖君のところに?  三栖君が、なんともいえない顔になった。 「なんか鵜野さん、すっげーいい笑顔で。『春の勉強会で先生役した薔子さん、やりやすかったでしょ?』って。いきなり」  五月の連休明けの、三栖君と親しくなるきっかけになった若手社員向けの勉強会のことか。  思わぬところで名前を出されて、私はぎょっとする。 「『いやー、三栖君とは合うと思ってたんだよねー、彼女』って。畳み掛けるように言われました」  軽く鵜野さんのモノマネを入れる三栖君。 「『研究所の研究員と管理部の課長代理とじゃ、会社ではあんまりやりとりすることないかもしれないけど。これからも仲良くねー』って。言うだけ言って、風のように去っていかれましたよ」  三栖君が、脱力した顔でつぶやく。 「……俺らのこと、どこまで把握してるんでしょうね、あの人。別に俺は、バレても構いませんけど」 「……そういえば春の勉強会のあと、私も似たようなこと言われた気が……」  三栖君の話で私も思い出した。  あの勉強会の翌日、会が無事に終了したことを課長に報告したとき。「あの三栖君て子、なかなかいいでしょ?」とかなんとか、言われたような。  当時の私は、三栖君とは距離を置かなきゃって決心してたから、すっかり聞き流しちゃってたけど。  ……もしかしてあの頃から、ゆくゆくは「発酵センター」の研究員となる三栖君と私の、相性を探られてた?  てか、この流れだと鵜野さんて、私たちのいわゆるキューピッド的な……。  タヌキ親父の底知れなさに、 「……」  三栖君と私は、ちょっとおののく。
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