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 ――『ピチュチュ、ピチュチュ、ピチュチュ……』  定刻通り容赦なく寝室に響き渡る、小鳥のさえずり風電子音。  私は手探りで目覚まし時計を手繰り寄せ、アラームを止める。  失恋すると、ただでさえ起きるのがキツい朝がますますキツい、と学んだのは、たしか高二のとき。 「――うー……」  残念ながら、三十三歳になった今もその辺は変わらないらしい。  私はのろのろとベッドの上で起き上がると、膝から下は未練がましく布団の中に入れたまま、小鳥の形の目覚まし時計をパジャマの胸に抱え込んだ。 「……会社、休みたーい」  つぶやいた声をかき消すように、 『ピチュチュ、ピチュチュ、ピチュチュ……』  元気いっぱいにスヌーズが始まる。 「……」  空気を読まない小鳥の頭を無言ではたき、今度こそ目覚ましを止めると、文字盤に映った自分の顔を眺めた。  昔から童顔と人に言われる、まあるい顔と短めの眉。その下のこちらもまるい目は、寝起きの今は半分しか開いていない。  と、文字盤の上の自分の口が、かぱっと開いた。 「ふあーあ」  鎖骨まである髪をかき上げあくびする姿は、われながらだいぶ残念かも。  徐々にはっきりしてきた頭の中で、 (……なわけ、ないか)  ぎゅっとまぶたを閉じてつぶやくと、私はゆっくり目を開けた。 (……失恋くらいで、休んでられっかー!)  ――たとえ相手が、社内の人間でも。  恋と友情と信頼が、一気に崩壊したばかりだとしても。 「……頑張んなきゃ」  ふん、と鼻から息を吐いて、ベッドから抜け出す。 (好きだもん、仕事)  うん、とうなずいて、私はひとり暮らしの小さなキッチンへと向かった。
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