905人が本棚に入れています
本棚に追加
/179ページ
「しょーこさーん、おはようございます!」
エレベーターホールに近づいたところで、いつも通りの元気な声をかけられた。
「おはよ、ほのちゃん」
一昨年建て替えたばかりの、勤務先であるイケヤホールディングスの三十三階建ての自社ビル。
行き先別になった一階エレベーター乗り場、私の職場のある八階を含む「五~十四階用」の列に、同じ課の後輩、松島帆乃花ちゃんが並んでいる。周囲には、彼女の同期の私とも顔見知りの女の子たちも。
(ふふ、かわい)
こなれた感じのワンピースや、A四サイズのバッグ。「オフィスのおしゃれがすっかり身につきました」って感じの華やかな彼女たちに、私は思わず目を細める。
ほのちゃんはたしか、入社五年目。そろそろ中堅だ。仕事に慣れて余裕ができて、結婚する人もちらほら出てくるけど、遊ぶのも楽しい時期だろう。
アルコール飲料からスタートして、食品やサプリメントの製造・販売も手がけるうちの会社では、社員の服装は割と自由だ。中でも、ほのちゃんや私の所属する研究開発部・研究開発支援課は、上にはおるジャケットさえ用意しておけば、基本何を着てもOK。
彼女たちの後ろに並んだ私のそばに、つつっとほのちゃんが寄ってきた。しっかり巻かれた睫毛の下の目が、彼女より低い位置にある私の顔に据えられる。
「あの。薔子さんって、この前飲料から企画部に行かれた亘理さんの同期ですよね?」
「……ああ、うん」
前置きもなく言われて、思わず肩が跳ねそうになった。
今、一番耳にしたくない名前。
内心の動揺を隠してうなずくと、ほのちゃんの背後の女の子たちがざわつくのが目に入った。
「……え、嘘」
「見えなくない?」
小声で言い合いながら、ぎょっとした顔でこちらを見ている彼女たちに、
(……あー、そっか)
私はなんともいえない気持ちになる。
最初のコメントを投稿しよう!