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ある父と娘のリアル会話
「おうっ」
久しぶりに父から電話があった。
「明日、お前んち行ってもいいか?」
突然のことだった。
「明日は午後から仕事だから、午前中ならいいよ」
コロナ禍の折。父とは昨年の正月以来、一年以上会っていなかった。
…いったいなんの用だろう?
「昼飯でもどうだ」
父からのランチのお誘い、か?
「明日は午後イチで緊張感のある現場仕事なんだよね〜。ごめんね父ちゃん。ランチならパス」
「けっ、なんだよ。わざわざ行くのに」
「なんだよってなんだよ。突然言われてもこっちだって予定があるんだよ」
役者崩れの父と元劇団製作者の娘の会話は何十年経ってもこんな感じだ。
「お前、お茶ぐらい出てくんだろうな」
「お茶ぐらいは出すよ。お茶菓子は出ないけど」
「あっそ。まいいや。じゃ明日」
「はいよ」
✳︎✳︎
前回までのあらすじ。(「私について、ポツポツと…」P10〜)
父から一緒に芝居をやろうと持ちかけられた娘は、けんもほろろにそれを断った。そんな折り、父の癌が見つかり……。
✳︎✳︎
「今度、詩の朗読会を、新宿でやるんですよ…」
父は途中に立ち寄った道の駅で、ちょっといい感じのコーヒー豆を買ってきてくれた。
「へえ、そうなんだ」
その豆をミルで挽いて、私は二杯のコーヒーを用意した。
「バイオリンの生演奏入れての朗読よ。お前観に来いよ」
「なにを朗読するの?」
「中原中也」
私はちょっとがっかりした。
「なんだ。つまんないの」
「つまんないとはなんだ」
「だって中原中也でしょ? あんな世界観のはっきりした詩じゃさ……」
「なんだよ」
「中也ってさ、賢治みたいにもう世界ができあがってるから、誰が読んでも同じに思っちゃう……。そんなのさ、わかった、あれよあれ、朗読会っつうか、趣味の集いっしょ? バイオリンの生音伴奏で歌う父ちゃんのそれは、客と演者の、インテリ同士でお金をかけたカラオケ大会ね」
「なっ! また、嫌なこと言うなぁ」
「だってぇ、今日は、私に「嫌なコト」言って欲しくって、わざわざ東京から来たんでしょ?」
「ばか言え」
「で、キャパ(集客数)は?」
「新宿の純喫茶で50(席)くらいかな」
「なるほどぉ……」
「なんだよっ。いいから(観に)来いよっ」
「だってそんなの私には…父ちゃんがスナックのカラオケでサザン歌うのと一緒にしか思えないのさ。中也ってまさしく今で言うサザンな感じでしょ? 完璧に世界ができてるから誰が歌ってもモノマネみたいになっちゃうのよ。お金かけて、素敵な純喫茶で、バイオリンの生演奏入れて、中也の朗読? お金持ちの趣味の集いは、私は行かない。観る価値無し」
「あっ、そ、」
「楽しそうでいいね」
「けっ。るせっ」
「中也じゃなかったら聞いてみたかったのに」
「たとえば」
「バイロンとか?」
「けっ」
「英語でも日本語でもどっちでも可。それなら観たい。行くよ。趣味の集い最高」
わざわざ東京から二時間もかけて娘に罵倒されにくる父。つくづく役者ってMだと思う。
コロナ禍の折、父よ、どうかどうか気をつけて。4.22
※ 辛辣な会話ですみません!みなさまどうかガブリを嫌いにならないで〜〜っ(T-T)
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