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一矢の夜
しゅこん。
完全に沈黙された空間に一閃のごとく
一つの音が鳴った。
そして無音が戻ってくる。
いくつもの暗闇を引き連れて。
そんな空間をこう呼んでいる。
一夜
そんなのをまるで、
自分の家にでも居る気分になってるのか、
隣でナマケモノの様に伸びている彼女を
眺めながらクスりとニヤける。
一体この子は、
どんな夢を観ているのだろう。
きっと彼女にだけ分かる世界だけがあるんだろう。
今一度、目の前の空間に目線を戻す。
一夜は、
ただの静寂な空間とは違い、
よく分からない暗闇たちが
靄のようにゆらゆらと、
海月の様にふわふわと、
漂っている。
その暗闇たちはこちらに何の害も与えてこない。
突然、袴の裾に、
ヒヤリと氷の入っているグラスにでも触ったような感触。
見下げてみると彼女の手だった。
「うひゃい…も、もうなにさわって……」
道場というのは、
本来神聖な場所なのにこのていたらく
どんな夢を見てるんだ。
触っているのはお前だろうに。
眠気覚ましに一発射ってやるか。
射法八節の足踏みからの胴造り
左足を的に向け、
右足を壁に掛かった証書の方に向ける。
一夜の闇を一息吐いて吸う。
弓を引き、
的の中央を凝視する。
そして、弦を引き矢を放つ。
意識を的に。
薄白の光が闇を引き裂いて
直線上に一先する。
的の中央に当たる。
コッと惨めな音を放ったっきり、
また元の静閑な空間に戻った。
そして暗闇はまた煙幕のように広がった。
意味のない一射だったかもしれないが、
どうやら一人の人間を睡眠から解放するには
充分なボリュームだったらしい。
「あれ?まだやってたの?ってきり、あたしと…あっ、いや、何でもない忘れて!」
はいはい。
結局、一夜は
一矢で消えない。
壊れた月の破片が広がる夜空に弓構えた。
おしまい。©2021年 冬迷硝子。
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