想いを『時』の砂に乗せて

3/4
前へ
/4ページ
次へ
「…幻に決まってる……こんな場所に居るはずはない……」 彼の足は自然に止まる。 本当に諦めきれるはずはない。 困っていた彼女に、ほんの少し手を差し伸べてやった時の、彼女の柔らかな笑顔を見たら忘れられるはずは…… 世間を知らない彼女が、自分を頼って来てくれた。 慕ってくれていると、彼女の役に立てていると、実感出来たときのあの喜びは何にも代えがたいものだった。 …それでも自分は彼女の手を振り切った… 半透明な彼女のその姿は、良家の令嬢とは思えない程くたびれていた。 半透明な姿で歩き続ける彼女のそばに幻が見える。 『お父様、私はあの貴族様のもとに嫁ぎたくはありません…』 必死に訴える彼女に、彼女の両親の声が答える。 『もう決まった事だ。』 『私……お母様…!!』 『そうよ、あなたはあの方と幸せになればいいの。』 母親の言葉に泣き崩れる彼女。 『そんな…私には……』 彼が気付くと、次に見えたのは走り続ける彼女の幻だった。 小さな荷物だけを抱え、どこかへ向かって懸命に… 「どこへ行ったんだ……」 自分の作り出した幻であるかもしれないにも関わらず、娘の安否を案じてしまう。 あんな身軽な姿で屋敷を飛び出し、世間を知らない彼女に行ける場所があるとすれば…… 『…時が止まってくれたらと、私は何度も願うの…。あなたといられるこの場所は、私にはとても幸せな場所に思えるわ…』 『そんなにこの場所がいいか?何もない街外れだ。俺しかいない…』 いつか交わした会話。 彼には聞こえなかった。彼女が目を瞑り呟いた、想いの込もったこの言葉を。 『…それがいいの…私のそばにあなたがいてくれたら、それだけで……』 思えばそれは二人きりのささやかなひとときだった。 自分を探してくれているのかもしれない…そう自惚れてしまう。 しかし彼女は街の外には出たことが無い。何も知らないまま自分を探しに、街の外に出ていたのだとしたら……
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加