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「まだ浸かってんの? 私、下のコンビニで電球買って来るわ。もしなかったら、今夜だけなら洗面所の明かりでなんとかなるよね」
笑顔でそれだけ言い置くと、脱いだブーツを定位置に戻した咲が洗面所から立ち去る。
呆れた様子は隠さないものの、おそらく普通ではないのだろう皓士朗の行動を、何故かと問い詰めたり苦言を呈したりすることもなく。
年上で頼りになる、綺麗で気丈な、でも優しい恋人。
勉強は得意だし、仕事も問題なくこなしてはいるが、素の状態では何かと的外れな言動も少なくはない。
そんな皓士朗を好きだと言い、傍にいてくれる人なのだ。
突然襲って来た暗闇にも落ち着いていられたのは、彼女が家の中に居たからだと改めて実感する。
ひとりでも慌てふためいて右往左往はしないが、さすがに不安は覚えた筈だ。
「……咲さん。僕、幸せです」
知らず零した独り言は、湯気に紛れて消える。
彼女も、幸せを感じているといい。
──他人の感情など、皓士朗はこれまでの生活で慮った記憶さえ探せないのだけれど。今は、そう思う。
己の人生が闇だったとまではもちろん考えていない。
それでもモノクロームの日々が天然色を帯びたのは、間違いなく咲の存在があってこそ。
皓士朗をよく理解して許容してくれているらしい恋人が出て行った合図の、玄関ドアの閉まる音が聞こえた。
~END~
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