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季節が一巡し、また夏がやって来る。リアス式海岸の複雑な海岸線が鮮やかな緑に包まれる英虞湾は、大小さまざまな60もの島が美しい海に浮かぶ。
真珠王といわれた御木本幸吉の研究から始まった、養殖用の真珠筏(いかだ)が並ぶ光景は、海の歴史の名だたる1ページ。
「知ってるかい?アコヤ貝は昔、筏でなく海の底で育てていたので、海女が活躍していたそうだ」
展望台から湾を見下ろす初江と木戸は、慎ましく重ねてきた日常が、海から与えられた貴重な恩恵だと改めて気付く。
空が夕焼け色に変わるまで、二人はずっと海を見つめていた。幸福な予感が、将来を誓い合う恋人を包む。
黄色から橙、やがて東の空の端が群青色に染まってゆくにつれ、光と闇が濃くなってゆく。夜が訪れる前の束の間、真円の太陽が茜色の輪郭をもって、海に沈んでゆくこの時を木戸は待っていた。
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