序章 鮮血の天使

5/19
前へ
/367ページ
次へ
 言われるがままにラドムは天井を見上げる。  だが灯かりもない暗い荷物置き場から、外の様子をうかがう術はなかった。  扉の隙間から僅かに漏れる電灯。  その微かな明かりに浮かぶ淡い金髪が、少年の額に年齢に相応しくない影を落とす。  今日は生きている。  だが、ユダヤ人の自分が来年の誕生日を迎えられるとは思えない──それは絶望の色だったかもしれない。  その時だ。 「しっ!」  直ぐ隣りから男の声。 「静かにして、もっと奥へ隠れるんだ」 「父さん?」 「あなた?」  迫害を受け続けてきたユダヤ人の用心深さか、中年の男が妻と息子を荷箱の隙間へ押し込む。  彼が家族を守るように二人に覆い被さり、そこでようやく少年は異変に気付いたのだった。
/367ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加