序章 鮮血の天使

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 怒声と悲鳴。  上陸準備にしては変だ。  時折低い破裂音が響くのは、ワルシャワでも聞き慣れた銃声に違いない。  こういう時の対処法は知っている。  息を潜め、声を立てず、小さくなって身を隠し、銃声が通り過ぎてくれるのを待つだけだ。  後に残る死体が自分たちでない事を祈りながら。  しかし、今回は銃声は去ってはくれなかった。  乱暴な足音と共に、爆音は彼等の隠れる船底の倉庫に近付いてきたのだ。  少年を抱き締める母の手、二人を抱える父の腕の力が強くなったと感じたときだ。 「見つけたッ!」  甲高い男の声と共に、勢いよく扉が蹴り開けられた。  次いで小型懐中電灯の強烈な光が彼等を照らす。 「やッぱりだ。敵国(イギリス)への密輸船にユダヤ人親子まで乗ってるとはね。密告通りだ」  無遠慮に入って来た気配から一人であると分かる。  こちらからは逆光になっていて、声の主を確認することはできない。  だが、足音は重い。  それは、銃器を携えた兵士ならではの響きであった。
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