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「頼んでいたものは出来たのか」
低く、どこか凄みのあるその声に少年は一瞬、身を強張らせた。
この声はシュタイヤーのものだ。
常から陰気なその声は、更に暗い。
ラドムは開けかけた扉を、僅かな隙間を残してそっと閉める。
中の声を聞き漏らさぬように隙間に耳を近付けたのは、持ち前の好奇心の強さからであった。
先だっての問いに「ああ」と答えたのは、しゃがれた弱々しい声である。
「出せ」
ゾクリ……。
忌まわしい記憶が蘇り、気配を殺したまま少年は震えた。
二人の声に、ではない。
室内の二人が紡ぐ言葉が故郷で聞き慣れた言語──ドイツ語であったからだ。
電光石火の早業で故郷ワルシャワを占領した軍隊。
ドイツ兵──それはユダヤ人にとっては殺戮者と同義語であった。
条件反射で悲鳴をあげかけた口元を両手で覆って、ラドムは両手を握り締める。
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