暗闇に潜む者

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二日目。 クレマンは昨日埋葬した鳥達の墓に朝摘みした花を供えてやると、目を閉じて冥福を祈った。 “あいつが来た” そう言った後、リュカは屋根裏部屋まで駆け込みベッドに籠ってしまった。尋常ではない怯え様に「何か知っているのか、誰が暗闇から来るのだ」と問い質しても「神父様、俺は暗闇に負けません。気を保っていれば、きっとあいつはやって来られないっ」そんな事を叫んでばかりで埒が明かなかった。 “一晩経って落ち着いただろうか” パンと果物を詰めた籠を渡してやろうと用意していると、不意に大きな物音が聞こえて来た。何かを破壊するようなその音は、屋根裏から聞こえてきている。 クレマンが慌てて屋根裏に上ると、目を大きく見開いた。そこは昨日までと打って変わって荒れ果てた状態になっていた。壁や床には大型の獣が爪で引っ掻いたような傷が広がり、リュカが使っている寝具はズタズタに引き裂かれていた。天蓋の窓は破られており、そこから犯人が逃げ出した様子であった。 リュカは無事なのかと見回すと、部屋の隅で小さく座り込み、シーツを被って震えていた。 「リュカ、無事なのかっ」 「…神父様、申し訳ない。一瞬、気が緩んでしまったんです。あいつが来て、暴れて去って行った…もう、こうやって過ごすしかないんです…」 クレマンを見上げたリュカの目は、無理矢理瞼をこじ開ける為にかマッチ棒が挿してあった。いつから瞼を閉じていないのか、瞳は真っ赤に充血している。驚くクレマンにリュカは静かに告げた。 「もう、二度とあいつは来られない…神父様、そうですよね?」 懇願するように見上げるリュカにどう答えたものか分からず、クレマンは「大丈夫、きっと大丈夫だ」そう気休めのように呟くしかなかった。眠る事、瞼を閉じる事を何故か恐れているリュカに少し眠る事を提案する事も憚られ、クレマンは「せめて食事は摂りなさい」と改めて籠を運んでくる事しか出来なかった。リュカは少しパンを齧って見せたが、それきりだった。腹の虫は鳴っているようであったが、何故かパンを齧っても、果物を口にしても気分悪そうにしていた。 “一体何が起こっているというのか” 思案に耽るクレマンの耳に、教会の戸を叩く音がした。 誰かが祈りにでも来たのかと扉を開けると、そこには見知った顔が並んでいた。すぐ近くの村の自警団に所属する若者達は、決して熱心な信徒という訳ではない。クレマンが村へ買い出しに行く際に見かけるのでお互い見知ってこそいるが、彼らが祈りの為に教会へ訪れた事など今まで一度も無かった事であった。難しい顔をしている若者達に、クレマンは努めて穏やかに問い掛けた。 「自警団の者がこんなに揃って、一体何事かね」 「大勢で押し掛けて申し訳ない、クレマン神父。あなたに質問と、耳に入れて頂きたい事がありましてね。…神父様は最近森で不審な者を見かけたりはしていませんか」 「不審な者、とは」 「俺達の村でも、隣村でも、殺しが起きているんでさぁ。ずっと遠方から流れるように殺しを続けてる奴みたいでね、この先には森しかないし、この辺にそいつが潜伏している可能性が高いんでさぁ」 「…物騒な事だ。そんな者は見ていないが」 「そいつが栗毛の若い男なんですが、どうにも殺しが獣染みていて。殺された者は老若男女問わず、皆喉を食い千切られていたそうで」 血気盛んな目をしているリーダー格の男が吐き出すようにそう言った。 名はレオだったか、とクレマンは思い出していた。 栗毛。謂れのない殺人で追われていると言っていたリュカもまた、淡い栗毛をしている。 「追っている者は確かなのか。その栗毛の男が殺した証拠はあるのか」 「えぇ、神父様。何せそいつが俺達の村で殺しをやった時、俺はそいつが掻っ切った首の血を舐めている姿を見ましたからね…咄嗟にスコップで殴ろうとしましたが、素早く窓を突き破って逃げて行きましたよ…あれは人間の動きじゃねぇ。きっと悪魔憑きの野郎でさぁ…食い殺されたのは俺の妹です」 レオは復讐心に満ちた瞳で「クレマン神父も気を付けて。奴の殺しは日暮れから夜半の間と決まってるらしいでさぁ」そう告げると他の自警団と共に引き上げていった。 念の為教会の内部を検めると言われなかったのは助かった、とクレマンは胸を撫で下ろしたが、本当にリュカは殺人者だと疑われて追われている身らしい。大人しい青年にしか見えないリュカにこれまで冤罪だろうと信じ切っていたクレマンは、レオの“栗毛の男が殺す現場を見た”という言葉に少なからず動揺した。 ◇◇◇ 「レオさん、犯人が教会に潜んでいるかもしれないのに引き上げて良かったんですか」 自警団の一人がそう言うと、レオは不敵に笑んだ。 「クレマン神父は何か知ってて隠している。慌てなくても数日中に奴は現れるさ。今まで三日と空けず殺しをしているんだからな」 そう言うと、胸に潜ませた短銃にグッと手を押し当てた。
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