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4
優香ちゃんとは幼馴染だ。
家が隣同士なのもあって、まるで姉妹のように育ってきた。だからだろうか。優香ちゃんには隠し事が出来ない。弱みを握られているわけでもないのに、なんだか逆らえないのだ。
一方の優香ちゃんは謎だらけ。
中学に入ってから急に無口になったのも、私の好物をびっくりするほど把握してるのも。理由は教えてくれない。
なんだかちょっとずるい。
今度は私が頬を膨らませる。家近くの小さな馴染の公園に着く。
ベンチに座ると、優香ちゃんがカバンからフィナンシェを取り出し、私にあーんした。不満は瞬く間に消えて、私はフィナンシェにかぶりつく。
「おいしー」
ほっぺたが落ちてしまうのではないかと思うくらいおいしい。とろけるような甘さに、しっとりとした質感。だけど、重すぎず、口の中でとけていくような。
そんなだらしない顔、敵に見せてはいけません!
よく側近のトートに怒られたものだ。だけど、優香ちゃんは敵じゃないし、いいよね。おいしいんだし、仕方ないよね。
「ごちそうさまでした」
手を合わせると、優香ちゃんがウェットティッシュを差し出してくれる。毎度のことながら用意周到だ。手を拭いてると、とんとんっと肩をたたかれる。そちらに顔を向けると、口元を拭いてくれた。
あまりに甘やかされている現状を今更ながら再確認する。前世の記憶が戻った今、少し恥ずかしくなってしまうくらいだ。
もう少しきりり、とできたらいいのだけど、優香ちゃんににこり、と微笑まれてしまうと弱い。可愛い笑みにこちらも頬が緩んでしまう。
そんな優香ちゃんの顔に緊張が走った。勢いよく後ろを振り返る。ベンチ脇の草陰が、ざわりと音を立てた。心臓が跳ねる。まだ、私がどうして頭を打ったのかわかっていない。もし、殴られたとして、その犯人が今現れたら――。
私はベンチを飛び越し、優香ちゃんの前に躍り出た。今までこんな動きしたことなかったけど、前世の記憶から身体の使い方を思い出したようで自然と動いた。
優香ちゃんは誰にも傷つけさせない。
私は草陰を睨む。
がさりと音がした方に目を向ける。そこにいたのは黄色と茶色のまだら模様を持つもの。そう、猫だ。
「なーんだ」
肩から力が抜け、へなへなとベンチに座り込む。だが、優香ちゃんはまだ草陰の方を睨んでいる。私もそちらに視線を動かした。特に変わったところはない。
「何かあるの……?」
恐る恐る優香ちゃんに尋ねると、彼女は私に顔を向け、ふるふると首を横に振った。制服の裾をなびかせ、優香ちゃんもベンチに腰を下ろす。
なんだか優香ちゃんの表情が硬い。
「猫ちゃん可愛かったね」
そういっても無反応だ。言葉に詰まってしまって、妙な沈黙が生まれる。
やっぱり何かあったんだろうか。優香ちゃんが睨んでいた方をもう一度見るが、やはり、何もない。
「ねえ、理央」
はっきりした声に私は反応が遅くなってしまった。目線を優香ちゃんに戻す。
さっきの声は優香ちゃんの声に違いない。でも、こんなにはっきりと声を聴いたのは小学校の時以来だ。そのまなざしは、見たことがないくらい真剣で、ドキドキしてしまう。
優香ちゃんが私を上目遣いで覗きながら、尋ねる。
「理央は水樹君のこと、どう思ってるの?」
「へぇ⁉」
思わず声が裏返った。そんな私に詰め寄りながら、優香ちゃんは問いを重ねる。
「好きなの?」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、何?」
じりじりと顔を近づけてくる優香ちゃんから畳みかけられる質問に私は混乱してしまう。
水樹のことを考える。彼は転校生で、マフィンを作るのが上手で、勇者で。そう、勇者だから、答えは決まってる。
「私は、水樹を憎んでるっ!」
そう叫ぶと、優香ちゃんは身を引いた。
「へぇ」
ぞっとするような冷たい声だった。
優香ちゃんはベンチから立ち上がり、速足で去って行ってしまった。私はその背が遠くなるのを茫然と見ていた。
怒っている。理由はわからない。でも、確かにあれは怒りだ。
その日から優香ちゃんは私を避けるようになった。何故かそのタイミングで水樹も私に声をかけてくることがなくなった。
私はぽつんと一人、帰り道を歩く。ずっと優香ちゃんと一緒だった帰り道。さみしい。
ちょっとだけ涙が浮かんだのは情けのない話である。
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