与えること、奪うこと

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 家はもちろん家族四人の家だから、夫の意志を無視してまで我を通すつもりはない。気の毒になったので先手を打った。 「まあね、理想とか想像だけじゃ飼えないのは分かってるんだ。実際問題、新築なのに汚れるのは嬉しくはないし、臭いだってしみついたりするしね」 「うん」 「ゆうちゃんの体のこともね。叔母さんだって、ゆうちゃんが遊びにくるからって、犬飼うのやめてくれてるんだし」 「そうだよ。なのに親がゆうを大事にしてないって思われたら、他人からの扱いはもっと雑になるぜ」 「……だから今すぐってわけじゃないのよ。ゆうちゃんがもう少し大きくなって、丈夫になってからでもって」 「うん」  そこまで言って、やっと夫の表情がほぐれてきた。もう少し踏み込んだ相談ができるかなと思ったとき、根本的なツッコミが飛び込んできた。 「でもなんで保護犬なの?」  その質問今かよ。と思いつつ、あらかじめ用意していた答えをゆっくりと述べる。 「いや、本当は保護施設の子供を引き取りたいくらいなんだけど、なかなかそうもいかないでしょ? でも犬なら、犬一頭くらいなら救えるかなって。最近そういうドキュメンタリー見ちゃったのよ。人間の子は守られても、犬は引き取り手がないと……殺処分されるでしょう。ひどいの。柵処分されるのに怯えて、おもらしをするのよ。そういうの無視し続けるのが、ずっと辛かったから」 「咲ちゃん。なにかあった?」 「は?」  私は思わず夫の横顔に振り返っていた。そんな返しは想定の範囲外だったからだ。 「なにかって、どういう意味の」  車は黄色に切り替わろうとする青信号をすり抜けてスピードを上げた。古い街並みが瞬く間に行き過ぎていく。 「だって、それにしたって今まで聞いたことなかったから。ドキュメンタリー以外にも、なんかキッカケがあったのかなって。――なにかあったの?」  二度も問われてしまうと、なにか答えなくてはいけないと曖昧に自分の中に答えを求めてみた。そのとたん頭の中を弾かれたように火花が散って視界がやけに明瞭になって、車が風を切るゴオという音がうるさく耳に響いた。  触れるのを恐れて鍵をかけ、しまい込んだたはずの黒い小箱を唐突に目の前に落とされたような気がした。  なにかあったの?ーー  そうだ。あったのだ。  犬がいれば楽しいからとか、子供たちの教育のために良いから、なんて大嘘もいいところの、ひどく利己的で残酷な、本当の理由が。
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