与えること、奪うこと

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 野良犬のブチは、そんな田宮さんから餌やおやつを貰って可愛がられていた。  私はそのことを何となく知ってはいたけれど、日中は小学校にいるからよくは分からなかったし、とにかくそのブチが酷く吠えかかってくるので怖くて仕方なかったのだ。  それで、母に訴えた。後先なんかいっさい考えず、ただ怖い怖い、怖いから歩いて帰れないと甘えて泣いた。  子供に甘かった母は、翌日は車で学校のお迎えに来てくれた。私は心底安堵したのを覚えている。  でもその更に翌日になると、母はお迎えには来なかった。ひとり怯えて家の近くまで帰ってくると、ブチがいない。鳴き声もしない。ホッとした私は家に飛んで帰ってランドセルを放り、その足で隣のゆみちゃんちのインターフォンを鳴らした。するといつもよりゆっくりとドアが開いて、ゆみちゃんがとても怖い顔をしながら出てきた。 「保健所の人が来たんだよ。もうブチいないんだよ。いなくなっちゃった。咲ちゃんのせいだからね。咲ちゃんのお母さんが保健所に電話したんだって、うちのお母さん言ってたもん」  犬が大好きなゆみちゃんの目は真っ赤で、瞼は腫れていた。  私は意味がよくわからずポカンとしたが、ゆみちゃんが駆け出したので後を追った。アパートの一階に着くと田宮さんが泣いていた。 「ブチがね、連れて行かれちゃったの。連れてかれちゃったの……」  そう言って泣くのだ。大人がこんなふうにさめざめと泣くところをそれまで見たことがなかった私は、自分がなにか取り返しのつかない、とてつもなく悪いことをしたのだと悟った。罪という名のどす黒い鉛が腹の底にズシンと落ち込んむのを感じて、体が硬直した。とてもとても重くて怖くて叫び出してしまいそうになって、冷や汗が噴き出した。でも結局は言い訳もごめんなさいも一言も言えないまま家に帰って、ひとりで膝を抱えた。そうして三十年の月日が流れ、箱に無理やり押し込められた罪の記憶はいつの間にか心の隅に追いやられていた。  それが昨日、テレビで保護犬のドキュメンタリーを見た。殺処分に怯えておもらしをしていた犬はブチによく似ていた。それで唐突に保護犬を飼わねばと、思ったのだーー。
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