与えること、奪うこと

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「犬を飼いたい?」  白いアルファードのギアをドライブに入れながら、夫が助士席の私を怪訝そうに振り返った。  互いに仕事のない休日なのだから、子供達が小学校から帰ってくる前に本屋でも行こうと提案したのは夫だった。 「どうしたの突然」 「突然てわけじゃないの。前々から考えてはいたんだけど、ゆうちゃんの体のこともあるでしょ? ずっと言うタイミング逃してて。犬がいれば楽しいし、色々と子供たちの教育にもいいかなって」 「ふうん……」  歯切れ悪く相槌を打つ夫の声には明らかに不機嫌さが混じっていた。そうなるのは想定済みで言ったのだから仕方ない。綺麗好きで予定調和を愛する夫は犬なんていういかにも自分の生活ペースを乱されそうな生き物を飼うのが単純に面倒なのだ。  それにゆうちゃんのことも。ゆうちゃんと言うのは私たちの次男で、生まれつき重度のアレルギーを持っている。7歳になった今は随分落ち着いたが、それでも卵と牛乳は限りなく除去した食事を強いられている。家族も近くでそれらを食べない。食べた人の息からアレルギー物質が飛散して肌に触れるのがいけないのだと、以前医者に言われたからだ。  アレルギーを徹底的に調べた二歳の時は、猫と犬にも反応があった。アレルギーとは複雑で、年齢や体の状態によって数値が上がったり下がったりするから難しい。犬を飼いたければしっかりと現状での検査が必要になる。前途多難なのはわかっていた。 「でね。飼うなら、保護犬がいいなと思ってて」 「保護犬?」  運転に集中する夫の声に動揺が混じる。令和より俄然江戸とかが似合いそうな、拙者サムライでござるみたいな顔した夫の眉間が険しくなった。 「……保護犬についてちゃんと分かってて言ってる? 希望の犬がそのときいるかどうか、分からないんだよ」 「ああ、うん。選んだりできないのは……」 「いやできるよ。そのときにいる犬の中で、いいと思うのを選ぶの。で、その後は逆にこっちがちゃんと飼える人間かどうか飼える環境にあるかどうかって吟味される」 「……環境とかに関しては、問題ないと思うけど」  言葉を選びながら、私は二年前に建てたばかりの我が家を思った。閑静な田舎の一戸建て。夫婦に子供が二人いて、私は仕事といっても在宅ワークだ。自分で言うのもなんだけれど、引き取り先としてこれ以上最適な環境があるだろうか。あるだろうけども。  夫は黙ってしまった。多分、私を説得し得る『飼えない理由』を探しているのだろう。 
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