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「事件の詳細は話せないんだけど、報道に出てる範囲で」
「もしかして町田の連続婦女暴行殺傷事件ですか?」
先輩が聞いて、父は頷いた。
「実はパパ、捜査一課とか……ほら、ドラマとかであるでしょ? そういうとこの部長、えっと警視正ってやつでね」
「殺人事件とか捜査する?」
「うん」
刑事の役割がよくわからないのは、父はあまり刑事ものや警察密着もの、そしてニュースを見たりしなかったし、仕事の話もしないから、私も自然にそうなったという理由がある。
大人になってみると、余計に父が仕事のことは言いたくないのかな、くらいの雰囲気は自分でも感じていた。
羽柴先輩は、
「みゆのお父さん、もうすぐ警視長っていわれてるんだよ」
と言う。
「よくわかんない」
「……まぁ、現場を指揮するほうの人ってことだよ。娘にも知られてないって、むしろそっちがすごいですけどね」
先輩が言うと、父は苦笑した。
でもなんだかやけに緊張してきた。掌に汗がにじむのが自分でわかる。
喧嘩した時に先輩が言ったことも思い出した。殺人犯を逮捕とかって……。
むしろ今まで知らなくてよかったかも。そんなの聞いてたら、いくら心臓があっても足りないだろう。
「詳細は言えないけど、パパ、容疑者にちょっぴり逆恨みされてて」
「逆恨みって……」
私は眉を寄せる。そんなの、私のことより自分のことを心配してほしい。
「パパは大丈夫。だけど、とにかく相手は僕の顔も知ってるし、いつ家が割れてもおかしくないかなぁって」
そして続ける。「しかも、さっき羽柴先生が言ったみたいに、『連続婦女暴行殺傷事件』の容疑者だしね」
緊張してごくりと息をのんだ。
そんな私に父はいつもと違う真剣な面持ちで、
「わかった? もし、みゆに何かあったら、パパは、ママにも顔向けできないんだよ」
そうはっきりと告げた。
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