888人が本棚に入れています
本棚に追加
*****
―――俺は昔、人助けをしたことがある。自分でもすっかり忘れていたけど。
その日、俺は、母親に連れられて歩いていた。
母親の表情は不安に満ちていて、その日は、父親とこれから離婚についての話し合いに行く、と聞かされていた。
浮かない気分で歩いていると、俺より少し小さな女の子が男に連れられて横を通り過ぎた。
一見男はその子の父親かと思ったけど、あきらかに女の子はおびえた様子で、俺はそれを見て、「ちょっとだけ待ってて」と母親に告げると、男の隙をついて女の子の手を握って走ったのだ。
「走って!」
周りの大人も気づいていたかもしれない。でも、『間違っていたら……』と思ったのか、誰も動かなかった。女の子が泣き叫べばわかったのかもしれないが、実際に恐怖の中にいる子がそんなことはなかなかできないものだろう。
ただ、小学生の自分がその子の手を引く分には、間違っていても怒られない。そんな風に思ったような気がする。
女の子は俺の声に弾かれたように走り出した。
「速いじゃん! もっとこう、手を振ったほうがもっと速く走れるよ! やってみて!」
緊張させないように、そんな言葉を言ったような気がする。
女の子は泣きそうな顔で、でも一生懸命走っていた。
最初のコメントを投稿しよう!