自律的思考機械による哲学

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「人間っていうには綺麗すぎるし、ロボットっていうには泥臭いんだよな、お前」 カインはばっさり切り捨てるように、俺のことを評価した。 こんなふうにずけずけと言う人間はめったにいなかった。 彼が科学者や技術者ではなく、料理人だからだろうか。 それとも、ただの怖い物知らずなだけか。 いずれにせよ、傲慢な態度で彼は続ける。 「どうにも中途半端なんだよなー……扱いづらいことこの上ない」 彼はそう言いながら、紫煙を吐きだした。 「エルダが何のために、心を作り、お前に持たせたかは知らん。 正直、目的なんぞ興味もない。けど、そんな厄介なもんを持っているからには、はっきりさせないといけないことがある」 彼は俺を指さした。 「人間はお前の思っている以上に汚い存在だよ。 不快も深いさ、どん底を探っていればきりがなくなる」 そう言って、彼は煙草を灰皿に押し付ける。 「光は強くなればなるほど、その闇は浮き出てくる。 そして、その闇を直視しないといけない時は必ずやってくる」 俺の知っている人間は、まさに闇の塊そのものだった。 誰も彼もが俺を呪いのように扱い、破壊を試みた。 俺そのものをこの世から消そうとしていた。 「そりゃあ、お前の主人はすごいやつだよ。 自分を貫き通したんだからな……なかなかできることじゃない」 俺の主人であるエルダは長い年月をかけて、とある機構を生み出した。 その機構を生み出すために、彼女は人生を棒に振った。 まさに狂っていた。しかし、そうでもないと作れなかったのは事実だ。 彼女は「心」を作り上げたのである。 俺は世界初の完全自律思考型ロボットとして、売り出される予定だった。 初めて対等になれる存在として、期待もされていた。 しかし、実際はどうだろう。 心があるということは、主人に反抗することのできる存在でもある。 俺は人間に対する命令を無視し、敵対するかもしれない。 人類を滅ぼすとまではいかないかもしれないが、厄介な存在になるかもしれない。 エルダは危険な物を生み出した。それが共通の認識となってしまった。 もちろん、そう簡単に壊されるわけにいかなかったから、研究所を二人で脱走した。 長い旅の末、俺たちは風紋町にたどりついた。丘の上にあるボロ屋敷を譲り受け、そこで静かに暮らしていた。 俺たちは風紋町で平和を手に入れた。 その中で、ようやく冷静に考えることができた。 俺を破壊しようとした彼らはエルダの技術力の高さに嫉妬しているだけだった。 それほどの才能を持つ彼女がタブーを犯したことに、怒りを感じていただけだった。 エルダを追放した彼らは「心」は人間だけの物だと思っていただけだった。 それを機械である俺に奪われ、悲しんでいただけだった。 考えてみれば、意外とシンプルな答えだった。怒る理由も悲しむ理由も必ずある。 がんじがらめになった糸のように、訳が分からなくなっているだけなのだ。 「お前の言いたいことは分かるよ、本質を見失うなってな。 しかし、そう簡単に行く問題でもない」 現に、俺の話を聞こうとするやつはほとんどいない。 俺が語れば語ろうとするほど、自分自身の身が危うくなる。 本来であれば、こうして誰かと話し合うこと自体、まずいのである。 それを分かった上で、カインは俺をここに呼んだ。 「なあ、エルダって何でお前を作ったんだ?」 彼は話題を変えた。 なぜ、俺を作ろうと思ったのか。 それこそ、答えはたったひとつだけだ。 「心」を作りたかったから、作ったのだろう。 「なんだそりゃ……自分で言ってて悲しくならないのか? 自分の創作欲や知識欲を満たすために、お前を作ったってことにならないか?」 あくまでも、己自身の欲求を満たすために俺を作り上げた。 彼の言葉を借りれば、ヤりたいからヤっただけだ。 俺自身の存在など、オマケに過ぎないのだろう。 俺の意思など関係ないところで、彼女は目的を果たした。 いや、誰が何と言おうと関係なかったのかもしれない。 どんな道を通っていても、この結末にたどり着いた気がする。 「……お前、エルダを恨んだこととかないのか?」 信じられないとでも言いたげな表情で、彼は俺を見た。 恨みを買った覚えはあっても、彼女自身を恨んだことはない。 「心とかいうわけ分からんもん搭載されてさ、お前は普通のロボットとして生活できなくなったんだぜ? 理不尽だとは思わねえの?」 正直、不合理だとは思う。「心」は思っていた以上に不便な物だった。 だからといって、理不尽だと思ったことはなかった。 「心をくれとエルダ自身に頼んだわけでも、願ったわけでもない。 迷惑なもんをお前は抱える羽目になった。 復讐しようとか、考えなかったのか?」 復讐か。正直、思いつきもしなかった。 確かに「心」を作ろうとする意図や探究心にはあきれ果てるばかりだった。 人生を棒に振るほどの価値があるとは正直思えない。 しかし、その固い決意がなければ俺はいなかった。 どんな結果であれ、彼女の目的は果たされたのだ。 「自分を生んでくれた親に感謝してるわけか。 うらやましいね、まったく」 そう言われて、ようやく気付いた。 理不尽な目にたくさんあった。ここまで生きづらい世界だとは思わなかった。 それでも、ここまで来られたのは彼女のおかげでもある。 彼女がいたからこそ、俺もここにいる。 俺がそう言うと、彼は喉を鳴らして皮肉っぽく笑う。 「そうは思えない俺を笑いたければ笑えばいいさ。 流す涙も枯れたからな」 彼は肩をすくめ、おもむろに立ち上がった。 「まあ、お前が破綻しようがどうなろうが知ったこっちゃない。 自由に生きればいいさ」 カインと会ったのはこれが最後だった。 彼の店を出た後、振り返らずに歩き出した。 もう二度と会うことはないのだろう。 そう思うと、胸がいっぱいになる。 しかし、流す涙は俺にはない。 それを振り払うように、俺は前へと進んだ。
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