お屋敷のマリー

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お屋敷のマリー

マリーがお屋敷につくと裏口に回った。おばあちゃんから裏口から入るように言われたからだ。言われなくても正面の立派な門の前にたっている怖そうな兵士たちが入れてくれるとは思えなかったし。塀にそってぐるっと歩いていくと小さな扉があった。そこにも一人おじいさんが立っていたけど、優しそうな目がお鬚に隠れそうになりながらも見えたので思い切って近づいて行った。 「あの、乳母のナニィの孫です。おばあちゃんが病気になってしまったので代わりに来たんですけど・・・。」 「おお、そうかい。しかしお嬢様の小間使いは大変だぞ。」 「はい。おばあちゃんからも聞いてます。」 「まあ帰りたくなったら、すぐ帰りなさい。」 「大丈夫です。私、がんばります。」 「そうかい。慣れないうちはあんまりお嬢様の近くに行かんようにな。」 「ありがとうございます。気をつけます。おばあちゃんにも言われました。」 話しているとメイド頭のマーサが声を聞きつけてやってきた。 「一体なにをそこで無駄話をしてるんだい。」 「ナニィが病気なので代わりにきました。マリーです。よろしくお願いします。」 「ああ、とにかく中に入って。それから着替えておくれ。うちの召使はちゃんとした格好でないといけないんだ。早くおいで、こっちだよ。」 ぐいぐいと引っ張られるようにしてお屋敷の中の召使部屋で着替えさせられて、黒いワンピースに白いエプロン、頭にもなにかかぶせられてから、お嬢様の部屋に連れていかれた。 「お嬢様、新しい小間使いでございます。乳母のナニィが来られないので代わりでございます。」 ぐいぐい頭を抑えられて無理やりお辞儀をさせられて、首がイタイと思ったけど我慢した。 「あ、そぉ。ナニィの代わりね。じゃあ名前はナナでいいわね。さがっていいわ。」 詰まらなさそうにナイフを壁の的に向かって投げているお嬢様。ガっガっという音が聞こえるのは、ナイフが刺さっている音らしい。 「失礼いたします。ほら、早くくるんだよ、ナナ」 「わたし、ナナじゃないです。」 「ここではナナなんだよ。お嬢様がつけたんだから有り難く思いなさい。いいね、ナナ」 おばあちゃんから「お嬢様には逆らわないように」って言われたけど、名前まで別になっちゃうなんて。 「ナナ、ここが台所だ。まずここで水くみをしな。返事は?」 「はい・・・。」 「声が小さいよ。もっと大きく、ナナ」 「はいっっ。」 思いっきり大きな声で返事をしてやったら、メイド頭は向こうに行ってしまった。 台所にはコックや他の召使たちが何人かいた。みんな忙しそうにしていて、ナナのほうを向く人もいなかったがメイド頭がいなくなると途端に、みんなが寄ってきた。 「あんた新入り?」 「お嬢様に名前つけられたでしょ、なんていうの?」 「住み込み?通い?」 「あ、あの。ナニィが病気で、私が代わりに・・・。ナナって名前です。おばあちゃんが待ってるから住み込みじゃなくて通いです。よろしくお願いします。」 ぺこっと頭を下げると3人はまたナナには興味なさそうに仕事をし始めた。するとドアが開いて今度はきちっとした服の男の人が現れた。 「ナニィの代わりが来たそうだね。ああ、お前さんだね。ちょっと、この子を借りるよ。」 「どうぞ、ジェロームさん。お好きなだけ借りていってちょうだい。」 「こんな子供を仕込む暇ないんだけどねぇ。」 「ほんとだよ、お嬢様の気まぐれに付き合うだけで精いっぱいさ。」 次々と文句や愚痴を言うメイドたち。 「ああ、わかったわかった。えー、名前はなにかな。」 「お嬢様からナナって付けられたらしいよ。」 「ナナです。よろしくお願いします。」 「そうかい。じゃあ、ナナ、こっちにきてくれるかな。」 「はい、ジェロームさん。」 そういってジェロームさんの後についていこうとしたら、スカートが長かったせいか思いっきり躓いて転んでしまった。 「おやおや、ちゃんと前見て歩いてよ。食器を壊さないだけ良かったね。お皿1枚でお前のお給金なんか吹っ飛んじゃうよ。」 ケラケラと笑うメイドたち。 ジェロームさんはとっくに廊下をさっさと歩いていて振り向きもしなかった。ナナはとにかくジェロームさんを追いかけていく。裾を踏まないように持ち上げていかないと、また転ぶと思って慣れない服に苦労しながらも階段のところで、なんとかジェロームさんに追いついた。 「その服、大きすぎるようだね。あとでメイド頭に言ってもう少し何とかしてもらおう。」 「あ、あの。いえ、大丈夫ですから。」 「いや、また裾を踏んづけて転んで何か壊れても困るからね。ここは高価なものが多いから、お前が一生かかっても払えないものだってある。今日はそれでいいとしても、服一枚くらいのこと。なんでもないのだよ。」 キッパリ言われて、ナナは黙ってしまった。おさがりの服を、つぎを当てながら穴が開いても着ているのとは違う世界なんだ。だから昨日はおばあちゃんが、ちゃんと風呂に入って綺麗にしておけって言ってたんだ。おばあちゃんも、仕事に行く日は爪を切ったり手にクリームを刷り込んだり、一番いい靴を履いたりしてたっけ。 「君にはお嬢様のお相手をしてもらうけど、毎日これるかな?」 「おばあちゃんが元気になるまでなら・・・」 「君のおばあちゃんは、もう年だからね。お嬢様の相手は君のほうがいいだろう。ナニィの具合が良くなったら、朝ご飯が終わったころにはここにおいで。帰りはお茶の時間がすんだらかえっていい。しばらくは慣れないだろうから、昼ご飯前に来てお茶の時間までいてくれればいい。ナニィによろしく。」 「わかりました。じゃあ今日はお茶の時間までいます。」 「うん、他の者にも言っておくから心配しないでいいよ。」 そんな話をしていると部屋の隅のベルがチリンチリンとなった。 「やれやれ。お嬢様がお呼びだ。ナナ、きみももう台所に戻っていいよ。」 「はい、ジェロームさん」
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