うそつき村の悪霊(おとな)

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11時までにはまだ間がある。 家に電話した。 母親が出た。 好きな人がいると伝えた。明日プロポーズしてみる、とうそもついた。 するといきなり父親が出た。 自分で無理矢理とったくせに長い間黙ってる。 「……。」 やっと何か言って、母親に代わった。 何をいったのかはわからなかった。 上手くいくように祈ってあげる。お父さんと一緒に彼女さんちに挨拶に行くよ。 電話を代わって、母親はそう言った。 電話を切った。 そして優しい夜が降りてきて、俺は素直に包まれた。 最後は俺、幸せで良かったな。 心底、そう思った。 その時チャイムが鳴った。 彼女だ。 「なんだかすごく嬉しい気持ちになって、来ちゃった。」 時計を見た。 11時だった…、 思わず彼女を抱き締めた。 でも、…マズい。 彼女に看取って貰えるなんて俺には幸せ過ぎで勿体無い。けど、それは彼女には酷すぎる気がする。 けどもう間に会わない。 「愛してる、」 彼女の目を見てそう言った。 指環を箱ごと、自分で彼女に渡した。 彼女の頬が、目元が、赤くなった。 「愛してる」 もう一度いって、あとはひたすら抱き締めた。 「うれしい、」 腕のなかで彼女が言った。 …脳溢血が起こらない。 時計を見た。 11時42分。 あいつ…。 うそつき か 。 腕のなかの彼女が俺を見てる。 「結婚しよう。」 そう言った。 もううそでもほんとでもかまわない。 言い続けたら、ほんとになる。 腕のなか指環を持った彼女が頷いてくれてた。 七夕ディナーもちゃんと行ったよ。 三日ほどあとに彼女を家に連れてった。 父親がガチガチで俺たちを待ってた。 そして少し日にちが経って、俺たちはまた車を走らせてる。 目張りも取ったし七輪ものせてない。 代わりに乗せてるのは彼女。 しょうじきむらの話をうっかりしてしまった。(あのうそつきの話は決してしなかった。) すると、その道の駅行ってみたい、て言われてしまったんだ。 その道の駅には真っ直ぐつけた。 わ、こんな野菜ははじめてみたよ。 彼女が口をけっこうノッてる。 地元の売り子さんに、レシピを教えてもらってる。 正直村なんですね、て言ってみたら、ほんとはね、と 「床敷なんですよ。正直じゃなくて。」 ああ、漢字が。 でもうそじゃないですよ、そう言ったらあはははと笑ってる。 あ、でもね。 うそつき村はあったんですよ。明治の初めの頃まで。 宇祖月村って。 そうなんですか。 地元のおばさんがにこにこ話してくれる。 ダムになったんです。 だからもう無いんですよ。 話してくれたうそつき村のその場所は、車を止めたその先だった。 うっすらみえた柵の向こうには湛える水面が在ったのだろう。 「うそつきね、いるよ。」 床敷村の子どもが口をとがらせそう言った。 こらこらと大人に咎められてる。 だっているんだもん。 子どもはぷいってそっぽを向いた。 そうだよね。居たよ。 俺も会ったもの。 心のなかでそう言った。 しょうじきむらの子どもはやっぱりうそはつかない。 水に沈んだうそつき村の子どもはやがておとなになって、水から上がって悪霊にでもなったかな。 そして今日もどこかで機嫌良く、うそをついてるんだろう。
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