うそつき村の悪霊(おとな)

5/6
前へ
/6ページ
次へ
日々はゆっくり、さらに緩やかに過ぎていく。 手紙を書いてた。 七年ほど暮らして結局別れた彼女に手紙を書いてた。 電話かメールにしようとも思ったけど、着信拒否されてたら、とそれが怖かった。 謝ることが沢山在りすぎてたことに気がつけた。 ひとつひとつ、思い出して、ひとつひとつ、謝った。 住所を書いて郵便局まで持っていった。 別れてから2年ほど経つから、ここにはもういないかもしれない。 それが彼女が今幸せなんだよ、て証なのだとしたら、それでもいい。寧ろそれがいいんだろうとよく判る。 でもこの手紙は彼女の元に届いて欲しい、そう思った。 朝起きて、働きにいって、帰ってきて、ごはんを食べてお風呂に入って寝る。 それを繰り返す。 毎日繰り返す。 そうか。これがしあわせか。仕合わせ、だ。 穏やかだった。すごく穏やかだった。 死にたい、の不思議は、動けなくなることだ、とわかった。 なぜだろう? 文字通り、身動き取れなくなる。 あれはなぜなんだろな。 日々はゆっくり過ぎてく。 7月になった。 その日は仕事が終わって、明日が休みだったから、見たかったアニメの一挙見でもしようかな、と食材かって帰った。 先に風呂を済ませて、さ、見始めるか、のときチャイムが鳴った。 彼女だった。 うっかり反射でドアを開けてしまった。 青ざめた彼女がひっくり返りそうになってた。 手紙なんか寄越すから…っ。て、ちょっと怒ってた。 てっきり俺が首でも吊ってるかと思ったそうだ。 「…まだ、この部屋に居たんだね。」 彼女が穏やかに言った。 彼女もまたまだ前の部屋に居た。 会えて嬉しい。 俺が言った。うそかどうかはわからない。 うそだったかもしれない、 けど、言い続けてたら、うそはだんだんその風に思えてきて、やがてホンとになる。 そのこともわかってきた。 だからこうなりたい、と思ったら、そうだと言い続けたらいいんだろう。 ならば必ずそうなってゆくから。 「再会だね。」 彼女が笑った。 再会のお祝いをしよう。 俺が言った。 その場で彼女の好きなレストランを予約した。 7月7日の午後6時から。 彼女の瞳が輝いてた。 ごめん。 ほんとうにごめん。 俺、うそをつく。 ごめんね。ごめん、ごめんよ。 そして7月6日になった。 俺の最後の日。 仕事普通にあったので、普通に行って荷物を運んだ。 今日はトラブルもなくて、上の人も、同僚たちも上機嫌だった。 なにも言わないでにこやかに帰った。 「じゃまた、明日っ」てうそついて。 みんなもにこやかに手を振ってくれた。 最後のメシは何にしよう。 不思議に腹一杯な気分だった。胸一杯が正しいのかもしれない。 風呂を済ませて部屋を掃除した。 それから買った指環をよく見える場所に置いた。 俺が死んだあと誰かがこれに気がついて、箱を開けてくれたら指環で、裏に名前を掘ってもらったから、きっと彼女に渡して貰える。そう思って、そう願った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加