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「何だこれ。」 「すみません、ジェットコースターだと思ったんですけど…。」 2人を乗せた木造のような箱は、2人が歩くスピードよりもゆっくりと進んでいる。真上に流れるレールには小さなシャチのオブジェがあった。 「えっと、空輸便スカイフィッシュ、園内の移動にも便利なアトラクションだそうです。」 遊園地内に建てられた平行のレールにぶら下がり、ゆっくりと園内の見下ろしながら箱は進んで行く。ジェットコースターとは比べ物にならないほど、そのスピードは遅い。下に見える家族連れを眺めながら露木は呟いた。 「この後、何乗ります?」 「おい。折角乗ったんだから一応楽しめよ。次に期待するの早いだろ。」 「とはいえこれ移動するだけですよ?」 「まぁな…他はどんなのがあんの?」 そう言って露木の前に座った一条が前屈みになる。彼女は何気なく携帯の画面を彼に見せたが、大きなワイシャツから覗く彼の華奢な胸板が見えて、思わず目を伏せた。見てはいけないものを見てしまったような、妙な気持ちだった。 「へぇ、ここプールもあんのか。まぁ色々見て回るか。」 小さく呟いて彼は座り直す。2人を乗せた箱は人々の頭の上をゆっくりと流れて、淡々と進んで行く。川沿いを伝って終着駅に到着した。約6分間の空中散歩を終えて地上に戻り、2人はスカイフィッシュよりも早く園内を巡った。 「なぁ、ここ入ろうぜ。」 細い指先が廃墟のような建物を指す。錆びたレンガに煤のようなものが施された施設は、誰が見てもお化け屋敷であった。 「え、嫌です。」 「何だよ。俺ここ行きてーんだけど。」 「私怖いのダメなんですよ。」 「ああ、お化け屋敷って怖くねーから大丈夫だよ。あれびっくりがメインだから。」 そう言って短い列の最後尾に並ぶ。少しだけ怯えた様子の露木を見て、一条は息を吐くように笑った。 「大丈夫だよ。あのさ、授業中にいきなり先生が大声出したらどうするよ。」 「え?それはまぁ…びっくりしますね。」 「だろ。お化け屋敷ってそれと同じなんだよ。よく考えてみ、お化け屋敷って基本背後からとか、隠れていたところから、だろ。そういうびっくりと雰囲気で味付けして怖く見せてるだけなんだ。だから暗いところでびっくりするだけの場所ってお思えばいいの。」 いつの間にか2人の前に並んでいた客は消え、露木たちは最前列にいた。青いポロシャツを着た係員が頻りに腕時計を確認している。やがてメガネをかけた係員が冷静な口調で言った。 「それではお次のお客様、中へどうぞ。」 ごくりと唾を飲み込んで、露木は前に立つ彼のワイシャツの裾をきつく握った。動物の尻尾になったように後を追って、一条を先頭に2人は黒いカーテンをくぐった。 「せ、先輩。やっぱり怖いです。」 「お前な、ここ入り口だぞ。盛り上がりは中盤だよ。」 薄暗く、微かに民族楽器の震えるような音が鳴る狭い廊下を進んで行く。すると突然壁を突き破るような、膨れ上がった何かが弾けるような音が鳴り響いた。 「きゃっ!」 「んー、早いな。もうちょっと焦らしてからでもいいのに。」 冷静に分析する彼の上半身に抱きつき、みっともなく密着してしまう。恥ずかしさなどまるで無く、彼の体温だけが頼りだった。 「足元段差あるからな。」 「す、すごい、冷静ですね。」 「まぁな。これより怖い思いなんて沢山してるし、どうってことねーよ。俺がお前のナビゲーターになるからよ。」 胸を張ってそう言う彼の後ろ姿が頼もしく、それでいて大きく見える。一条の体温と優しい柔軟剤の香りが鼻の奥を刺激して、露木の気持ちを落ち着かせていた。 咄嗟に彼女はニットのセーターの裏から、首にかけていたネックレスを取り出す。片手で彼に抱きつきながら、もう片方の手で十字架を握り締めながら、露木は少しだけ微笑んだ。
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