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10
露木は早足で校門を飛び出した。住宅街に夕陽が差し込む中、脇目も振らず篠崎駅へ向かう。その後ろから足音が迫ってきてもなお、彼女は振り返らなかった。
「おい、そんなすぐに帰るなよ。」
一条は追い付いて露木の隣に並ぶ。性行為を終えたばかりの彼は、少しだけ息が切れていた。
「なぁ。おいって。」
そう言って彼女の腕を掴む。一条の方を振り向いた露木の目は怯えているようだった。
遠くの方でクラクションが鳴る。京葉道路の辺りで何かトラブルがあったのだろう、けたたましいクラクションは鳴り響いて住宅街に染み込んでいた。
「本当にもう関らねぇのかよ。」
少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、一条は言う。彼女はか細い声で囁いた。
「だって約束したじゃないですか。」
「そうは言っても、これで終わりって寂しいじゃんか。」
「あの!」
閑静な住宅街で露木の叫び声がこだまする。掴んだ手を振り解いて、露木はゆっくりと距離をとった。
「そもそも、何で私に構うんですか。あんなに色々な人とああいう関係を持っているんだったら、私みたいな存在はあなたにとって必要ないでしょう。」
「私みたいな、なんて言うなよ。」
「どうせ先輩の中では数ある女性の中の1人ですよね。ただの性の捌け口に過ぎないってことですよね。」
「おい。」
ヤスリで研いだような低い声が鳴る。一条は何故か怒ったような表情を浮かべていた。
「俺はただ性欲のままにやってるわけじゃねぇよ。実里は中でイケないっていう悩みがあったから、それを解決して欲しいって頼まれたんだよ。」
「でも、授業料でお金を貰ってそういうことをしてたら、援助交際ですよね。」
「は?おい、それどういう」
「ですから!もう関わらないでください。」
突き放すように彼女は声を荒げる。一条は何か言いたそうにしていたが、露木の気迫に負けたのか、少しだけ肩を落とした一条は微かに俯いた。
「そっか。分かった、もう関わんねぇよ。」
緩んだネクタイを片手で直す。一条は退屈そうに露木の横を通り抜けると、一度も振り返ることなく篠崎駅の方へ進んでいった。
オレンジの光に包まれた街並みで露木は立ち尽くす。瞼の裏に焼き付いた2人のセックスを思い出したくなかった彼女は、唇を噛み締めて、一条に追い付かないように、篠崎駅へと歩き始めた。
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