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12
「というわけで、これから中間テストに入ります。なので皆さん気を引き締めてください。」
体育館に亀梨校長の間延びした声が響き渡る。マイクを通して壁にこだましても、全校生徒は皆退屈していた。例に漏れず露木も退屈そうに欠伸を噛み殺し、目尻から垂れる涙を指の腹で拭った。
目の前には数百人の生徒たちの頭が並んでいる。その一番奥で、彼女は一条の明るい茶髪を見つけて、視線が磁石のように離れなくなってしまった。5月の中旬、亀梨校長の言う通り中間テストは近い。段々と迫ってくるテストを前にしても、露木はどこかぼんやりとしていた。
それは全て衝撃的な放課後を過ごしてからだった。資料準備室での出来事が頭から離れず、何をしててもふと思い出してしまう。そんな生活が続いていた。
いつの間にか全校集会が終わり、1年生から順に退場が始まっていく。それまで黙り込んでいた生徒たちは、水道管から水が漏れるようにじわじわと談笑の波を広げている。C組の退場が始まると露木は前に立つクラスメイトに続いて歩き出した。
「萌華。」
「どうしたの、恵里。」
岡村はピンクの手帳を抜いて彼女に駆け寄る。ぺらぺらとページを捲っていた。
「あのさ、一条先輩のことなんだけど。」
思わずどきりとした露木だったが、彼女は気付いていない様子だった。
「色々情報仕入れてきたの。」
「情報?よく仕入れるね、そういうの。」
「他のクラスの友達の部活の先輩、とかさ。とにかく一条先輩の評判みたいなやつを入手してきたの。」
あるページで手を止める。階段を下りながら岡村は他の生徒たちの会話に紛れ込ませながら続けた。
「確かに色々な人とああいうことしてるらしいけど、全員の意見が一致してるの。」
「なんか、刑事みたいだね。」
「確かにそうかもね。いやそんなことはいいの。とにかく皆一条先輩のこと優しい優しいって言うの。これがもう全員。すごくない?」
「へぇ…そうなんだ。」
1年C組の群れがわらわらと渡り廊下を進んでいく。ゆっくりと教室へ向かっていく中で岡村は露木の肩に顎を乗せてから続けた。
「なんか、イメージ違うよね。学校でやりまくってる人が実は優しいなんて。」
「そういうイメージを作ってるだけじゃない?」
クラスメイトたちと何度か会話を交わしながら、露木たちは職員室の前をすり抜ける。声の矛先が自分に向いていないと会話は成り立たないのだと、露木は感じていた。
徐々に列は崩れて、ばらばらになった男女の中で彼女は呟く。
「そうやって関係持った人に頼んでるんじゃないのかな。自分は優しい性格だっていうのを広めてくれって。本当に優しい人は女の子をお金で買ったりしないよ、絶対。きっとね。」
「まぁそうだけどさ…。でも皆優しいって言うんだよ?」
「そんなの嘘だって。評判良くしようと頑張ってるんだよ。」
1年C組に入り、電気の点いていない薄暗い教室でクラスメイトたちは散り散りになっていく。露木は自分の席に腰掛けて、学級委員が電気を点けるまでぼんやりと考えていた。
その間彼女の頭の中に浮かんでいたのは、一条のことだった。
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