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「ねぇ、この中だと誰がいい?まとめてみたんだけど。」
弁当箱の隣でピンクのメモ帳が天井を向く。2人は顔を近付けて紙の上を見た。見知らぬ男性の名前がびっしりと刻まれている。露木は首を傾げて上から3番目の名前を指差した。
「この人の名前すごいね。夏越って。」
「ああ、この人はサッカー部のキャプテン。ドリブルが上手いんだって。」
「恵里、ドリブルが何なのか分かってるの?」
「全然。でもなんか、足だよね。」
「大雑把だなぁ。」
蓋を開けると、黄金色の小さな春巻きが2本並んでいた。仕切られた隣には白米が詰まっている。その上には明るい色のふりかけがまぶしてあった。
別のクラスの生徒たちも入り混じり、1年C組は騒がしい。その中で2人の話し声は教室の中で消えていく。特に気になる名前もなく、露木は箸の先端で春巻きを掴もうとした。
「萌華ちゃん。やっほ。」
開かれた後ろの扉から顔を覗かせ、白河はコンビニの袋を手から提げている。やがて教室の中に入ってくると、2人の間に袋を置いて近くの椅子を引き寄せた。岡村は呆気にとられた様子で前の彼女を見る。
「え、誰?知り合い?」
「うん、まぁね。D組の白河勇輝くん。」
へぇ、と言って岡村は椅子の背に体を預け、ピンク色の手帳を開いて顔に近づける。箸ではなくシャーペンを持って、紙の上に何かを書いている。白河は袋の中からチキン南蛮弁当を取り出すと、割り箸を持ったまま露木の弁当箱を覗き込んだ。
「春巻きだ。美味しそう。」
「あげないよ。」
「うわ、先手打たれた。食べたかったのに。」
白に近い金髪を抑えて、大袈裟に仰け反る。なんだかその調子がおかしくて、彼女たちは顔を見合わせて笑った。
割り箸でチキン南蛮を口の中に運び、咀嚼し終えてから白河は身を乗り出して言った。
「2人さ、どういう人がタイプなの?」
「何、白河くんって恋バナとかするタイプ?」
「そりゃ気になるからね。」
露木は自分の黒く長い髪を片手でまとめ、鬱陶しそうに掻き上げた。
「じゃあ白河くんから教えてよ。」
「えー。僕の好きなタイプって需要ないよ。萌華ちゃんから教えてよー。」
彼の言葉に岡村も同意したらしく、彼女も身を乗り出して露木を見る。長い髪の下の頸に掌を添えた露木はぼんやりと頭の中に男性のシルエットを浮かばせた。
目を瞑り、瞼の裏で様々な条件が肉付けされていく。ぼうっと灯った顔に、彼女は首を振って否定した。
「な、何。どうしたの萌華ちゃん。」
白河の言葉に目を開ける。突然浮かび上がった一条景のシルエットを消していく。それでもなお拭えない彼の特徴を頭の中に浮かべて、露木は呟いた。
「えっと…何だろう。少し肉がある方がいいかな。」
余計な肉のない、細い体の一条とは反対の条件を口にする。それが意外だったのか白河は何度か頷いた。
「へぇ。意外だね。」
「そ、そうかな。後はものすごく真面目な人がいい。女性を大切にする、良い人。」
「まぁそうだね。チャラチャラしてる人は嫌だよね。」
「うん。特に、毒舌みたいなことを言ったら女の子は嬉しいみたいに勘違いしてる人は嫌。そういうのは少女漫画だけだし。現実でやってると引いちゃうよね。」
何度も彼のシルエットをかき消そうと露木は続けるが、一向に彼女の頭の中から彼は消えない。それを誤魔化すように露木は小さな春巻きを齧った。歯応えのいい衣にジューシーな肉の旨みが口の中に広がる。
小さくため息をついた露木を見て察したのか、岡村は腕を組んで首を傾げた。
「じゃあ次は私ね。うーんと、結構マッチョがいいかな。テカテカなのは嫌だけど。」
「それはもうボディービルダーだよ。」
2人が話し始めたと同時に露木は食べかけの春巻きを口の中に放り込んだ。砕くように咀嚼しながら、彼女は何故関わりを消した一条景が頭の中に浮かんだのかを考えていた。
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