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赤いリボンを結び直し、露木はワイシャツの胸元に刺さった小さなネームプレートの位置を直した。事務室から出て短い廊下を抜けると、広々としたホールにぶつかった。 新大橋通りの先に建つ、イタリアンを扱うファミリーレストランはレンガを基調とした外壁で、全国的にも有名店だった。 ナポリーヌ菊川店でアルバイトを始めて1ヶ月が経過していた。慣れないことも多いが、優しく指導してくれる先輩たちの下で働くことができるのは、温かみのある雰囲気が好きな露木にとって楽しいものだった。 黒いジーンズのポケットからタブレットを抜いて、彼女はホールに飛び込んだ。平日の夕方ということもあって客の数は少ない。 「露木さん、バッシングお願い。」 「はい、分かりました。」 出したばかりのタブレットを仕舞い、ふくよかな体型の三村恵子に返事をする。彼女はオープンスタッフから10年以上ナポリーヌ菊川店で働いているという。優しくも時に厳しい、幹部のような雰囲気だった。 家族連れが残した皿を一つにまとめていく。お盆の上にそれらを重ねていると、露木の左手から来客を知らせる鈴が鳴った。慌ててタブレットを抜いて出入り口へと急ぐ。 自動ドアから抜けてきたのは、六石学院高校の制服に身を包んだ男子生徒だった。顔も名前も分からない。しかし同じ学校の生徒ということで露木は自然と緊張してしまった。 「いらっしゃいませ。1名様で?」 黒いマッシュヘアーに着崩していない制服。どこかくたびれたようなブレザーにポケットを入れたまま、男子生徒は一言漏らした。 「ああ、2人で。」 彼の言葉尻を待たずして、向こうから明るい茶髪の男子生徒がゆっくりと顔を覗かせる。2人はマッシュヘアーの生徒を挟んで目を見合わせてから、言葉に詰まった。 「景、この店でいいだろ?」 一条景は露木の目を見たまま何も答えない。彼女も同じように何も言えなくなってしまう。しかし彼はすぐに切り替えたようだった。困惑した表情から最後に住宅街で見た余裕そうな表情へ。 「お前、何でここで働いてんの。」 やたらと高圧的な態度で胸を張る。露木はそんな彼に負けじと、ため息をついてから答えた。 「すぐ近くが私の家なんで。それこそ何で先輩はここに来たんですか。」 「陽介の家が近くだからだよ。悪いか?」 2人の間で戸惑っている陽介と呼ばれた男子生徒は、苦笑いを浮かべていた。 「あ、ああ、知り合いなんだ。俺は葛城陽介って言います。景と同じクラスで…って、後輩?1年生?」 「は、はい。1年C組です…。とりあえずお席ご案内致します。」 逃げるようにタブレットを開いて背を向ける。ドリンクバーの近くにあるボックス席を選択して、人数を入力する。ソファーに向かい合って座った2人の傍に立って露木はいつも通りの態度に切り替えた。 「決まりましたらそちらのボタンでお呼びください。ただいまお水とおしぼりをお持ちいたします。」 なるべく一条とは目を合わせず、彼女は小さく頭を下げてから厨房の方へと向かう。小さなグラスに細かい氷と水を入れてビニールに入ったおしぼりを2つ持ち、彼女は2人の席の前に戻った。 ベージュのテーブルの真ん中にだけ視線を落として、もう一度頭を下げようとした時だった。 「おい、萌華。料理に髪の毛とか入れんじゃねえぞ。」 ばっと足を開いてネクタイを緩める。整髪料の付いていないさらりと流れる茶髪を振って、少し大きな声を出して露木を睨んだ。 露木は彼らが席に着くまでに考えた対応を行うことにした。 「お客様。店内で大きな声を出すのはやめていただけませんか。」 「は?何だよ、随分よそよそしいな。」 「ファミリーレストランなので、家族連れもいますから。ご迷惑になる言動は慎んでください。」 また頭を下げて露木は厨房へ逃げていく。振り返ることなくホールから抜け出して、イタリアンを火で炙るように温かなキッチンに入った。 スチールに手をついて思わずため息をつく。すぐ隣にある蛇口で手を洗っていると、背後から三村が声をかけてきた。 「露木さん。あの2人、同じ学校の子?」 「え?ああ、そうです。3年生ですけど。」 「あらそう…。でも仲良いのね。」 「え?」 咄嗟に彼女は三村の方を向く。少しだけ太い指をホールに向けると三村は笑いながら言った。 「だってほら、2人ともこっち見てるわよ。」 指差す方向を見る。一条と葛城は向かい合って少し悩ましそうな表情を浮かべながら、時折厨房を見ていた。何かおかしなものを見つけたように、視線を何度もキッチンへ向けていた。 一条と目が合いそうになり、露木は彼らに背を向けて三村を見た。 「な、仲良くないです!」
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