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東武動物公園駅から役場前を通り過ぎ、姫宮落川を超えて2人はカラフルな門の前に立った。土曜日の人混みは家族連れが目立っている。石のタイルが敷き詰められた道を進みながら露木は携帯を取り出し、道の途中で立ち止まってから門の全体を画角に収めてシャッターを切った。
「おい、そんなパシャパシャ撮るなよ。充電減るぞ。」
後ろからかけられた声に振り返り、黒いニューエラのキャップを被った一条を見た。オーバーサイズの白いワイシャツには、海外の落書きを浴びた壁の写真を点々とプリントさせており、黒いスウェット素材のパンツを履いている。真っ白なスニーカーの底を鳴らして一条は彼女の隣に立ち、覗き込むように携帯の画面を見た。
「ほら、もう80%じゃねーか。」
「大丈夫ですよ。充電器持ってきてますし。」
そう言って彼女はカメラを内側に変え、門を背に腕を伸ばす。白に近いベージュのニット素材のダボっとしたセーターを着て、黒に白い花柄が小雨のようにプリントされたロングスカートが画角に収まる。露木はその服装を画面越しに整えながら、右に逸れた。
「先輩、ほら入ってください。」
はいはい、と言って一条は膝に手をつく。ツーショットを撮影して彼女は満足そうに携帯を仕舞った。
「なんか随分楽しそうだな。」
「だって、東武動物公園なんて小学生の時以来なんですもん。行きましょ。」
逸る気持ちを抑えられないといったように、ワンデーパスを購入した2人はゲートをくぐった。緑があちこちに栄え、遠くに観覧車が青空に映える開けた景色には、大勢の観光客で溢れ返っている。大きな池を沿うように歩いて、真ん中に掛かる狭い橋を渡っていく。売店の横を通り抜けていくと複数のアトラクションが露木と一条を出迎えた。
大きな池の上に浮かぶ小島のように遊園地は広がっている。あちこちに曲がった鉄が彩られ、そこに人々が吸い込まれている。露木は抑えきれない笑みを浮かべながら、東武動物公園のホームページを立ち上げた。
「何から乗りますか?ジェットコースターとか乗れます?」
「なめてんのか、余裕だわ。」
「意外と臆病かなと思いまして。」
「やっぱり思ってたけどさ、お前俺のことなめてるよな。」
「そんなことないですよ。あくまでもそうなのかなっていう疑惑です。」
「だからその疑惑がなめてんだろって話だよ。俺3年生だぞ?」
「知ってますよ。」
「だったらなおさらだろうが。」
「あ、ここじゃないですか?」
いつの間にか園内を練り歩いていた2人は派手な色の建物の前に辿り着いた。家族連れが多く並ぶ列の後ろにつき、露木はホームページを眺めながら言った。
「水上をアップダウン、急旋回する動きは空飛ぶ宝石と呼ばれるカワセミになって滑空しているような新感覚コースター、だそうです。」
「カワセミって言われてもピンとこねぇな。」
「鳥の名前ですよ。」
「知ってるっつーの。バカにすんなよお前な…あ、あれだろ。お前も怖いんだろ、どうせ。」
「いやいや、そんなわけないじゃないですか。先輩と一緒にしないでください。」
「ああそう、じゃあ勝負しようぜ。3回声出した方が負けな。」
「いいですよ。そんなの余裕です。」
列がじりじりと進んで行く。妙に張り合っていた2人はぐるりと列を回って、派手な色の建物の中に入っていった。
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