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徐々に陽が傾き始め、東武動物公園に橙のカーテンが下りていた。2人はゆっくりと園内を回って、最後に約12分間のアトラクションに乗り込んだ。 黄色い鉄の箱の中で、2人は向かい合う。観覧車は回り続けていた。 言葉を交わすことなく観覧車は2人を空高く運んでいく。スカートの上で拳を握った露木は恐る恐る前を見た。 一条は背後に広がる園内の景色をぼんやりと眺めている。お互いの視線はいつまでたっても絡み合うことはなく、時間はゆっくりと過ぎていく。 露木は彼の気持ちが分からなかった。本当に彼は自分のことを好きでいてくれているのか、同じ好意を持っているのか。彼を好きだという気持ちと共に彼女は不安を抱いていた。 観覧車は無情にも上昇していく。お互いが好意を伝えられないまま、時間だけが過ぎていく。 誰にも聞こえないように小さなため息をついて、露木は落としていた視線を横へ向けた。 「うわ…綺麗…。」 暮れていく太陽は青空に滲み、波紋のように橙のオーロラのような光が映し出されている。遮蔽物が一切ない景色には緑が広がっている。自然溢れる壮大な景色に露木は思わず声を漏らした。 夕暮れに包まれた園内から子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。同じ景色を眺めて一条も呟いた。 「なんか、いいな。」 「凄い綺麗ですよね。」 「うん。それもそうだけどさ。」 ふと彼を見る。一条は橙のレースを被った田畑を眺めて言った。 「萌華と見ることができて、嬉しいよ。」 目を見開いて、咄嗟に視線を握りしめた拳の上に落とす。彼女は鼓動が徐々に速くなっていくのを感じていた。 観覧車はいつの間にか地上へ近付いている。露木は彼からの言葉を待っていた。告白の経験がない彼女でも、密室で2人きりという状況がそういう場であることは分かっている。 しかし一条は何も言わなかった。 観覧車から降りて、東武動物公園駅に続く東ゲートへと向かう。徐々に門が近付く終わりの雰囲気がどこか寂しかった。 「なぁ、萌華。」 前を歩く一条が立ち止まり、カラフルな東ゲートを背に振り返る。露木の背後には昼頃に2人を出迎えてくれた広い池が流れていた。 「な、何ですか?」 「いや、なんつーか、その…」 ごくりと唾を飲み込む。後30分で閉園するというアナウンスが遠くから流れる中、彼女を見て一条は長い深呼吸の後に言った。 「また、来ようぜ。」 望んでいた言葉ではなかった。あわよくば告白をされて、交際が始まるのではないかと期待していた露木だったが、少しして彼女は呆れたように笑った。 「はい。もちろんですよ。」 そう言うと彼は安堵したように頷いて、東ゲートへ歩き出した。彼の背中を眺めながら彼女は聞こえないように、微かに、閉園を知らせるアナウンスに紛れさせながら、バカ、と呟いた。 また、というその副詞が恐ろしいほど嬉しくて、露木は急いで彼の隣に並んだ。
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