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2学期の中間テストが終わり、校内は文字どおりお祭り騒ぎに近い状態となっていた。1年C組も同じように騒がしく、教室から机と椅子は跡形もなく消えている。大勢のクラスメイトは地べたに座り込んで、あちこちで作業を行っている。 「うちの高校ってこんなにダサいネーミングなんだね。」 「まぁ、しょうがないんじゃない?学園祭実行委員が決めたものなんだから。」 露木と岡村は教室の後ろで装飾を作っていた。花紙を重ねて端から折り込み、ピンク色の花を咲かせる。輪ゴムでしっかりと留め、店内を彩る花を完成済みのケースに入れていく。彼女は足元に置かれたプリントを見た。 1ヶ月後に迫った学園祭は和がテーマとなっているらしく、プリントの上には『六石祭〜和をもって尊しとなせ、ジャポニカスタイル〜』と大きく表記されている。岡村もそれを見て、ため息をつきながら言った。 「大体ジャポニカって何よ。学習帳じゃん。」 ぶつぶつと呟きながら青い花を作ってケースに仕舞う。教室の前の方では1年C組の文化祭実行委員が、衣装のチェックを行っていた。和菓子をテーマにしたカフェには和服が必要不可欠だと言って、特に女子生徒たちが着る制服に拘っているらしい。 「でも恵里、浴衣着るの楽しみでしょ。」 「正直ね。めちゃくちゃ楽しみ。可愛いの着たいなぁ。」 「お揃いで着ようよ。」 「いいね!一条先輩にも見せてあげないとね。」 「えっ?」 「え?」 思わず聞き返した露木に、岡村も不思議そうに答える。足元のプリントを手にとって彼女は唇を尖らせた。その様子を見た岡村は覗き込むようにして、恐る恐る言う。 「まさか、なんだけどさ…まだ付き合ってないの…?」 ゆっくりと露木は頷く。すると彼女は大きなため息をついて、出来たばかりの花を軽く叩きつけた。 「もう!遊園地デートでやることなんて告白だけじゃん!まさかとは思うけど観覧車乗ってないの?」 「い、いや、乗ったよ。」 「いつ!」 「最後の方、だけど…。」 再び大きなため息をつく。呆れた様子で緑色の花紙を手に取った。 「あのさ、観覧車って告白するために作られたんだよ?」 「それは違うでしょ。」 「違わない!ザ告白スペースでしょ!しかも最後に観覧車に乗って、なんて…もう…一条先輩って意外と奥手なのかな…。」 うーん、と露木は唸った。緑色の花を作ってケースに落とす。数日前のデートを思い出して彼女は呟いた。 「そりゃ私だって告白されると思ったよ。だけど、何も言ってくれなかったし。また来ようとは言ってくれたけどさ。」 「ああ…なんか社交辞令みたいだね。」 カフェの外装を彩る花が積まれていく。それを眺めて露木は言った。 「一条先輩って、本当に私のこと好きなのかな…。」 ぽつりぽつりと言葉が漏れる。昼休みはいつも固まってゲームを楽しんでいる内気な男子生徒たちも、大勢に混ざってカフェのメニューを考えていた。抹茶ラテを看板商品にしようと提案する声が微かに聞こえる。 「なんか、私が勝手にはしゃいでるだけなんじゃないかなって思うんだよね。」 徐々にメニューが決まっていく。廊下からは様々な騒ぎ声が聞こえていた。 「でも恋愛ってそういうものでしょ。」 残った花紙を全て片付けて岡村は呟く。教室の中を眺めながら、彼女は退屈そうに続ける。 「そりゃ好きな人とデートしたら誰だってはしゃぐよ。楽しくて、好きでたまらなくって。それでいいんだよ。恋愛ってみっともないものじゃん。他人のイチャイチャなんて見てられないけど、2人が幸せなら別にいいわけだし。だからさ、もっと気持ちを素直に伝えたり、あからさまな態度でもいいと思うよ。他の誰かに見せているわけじゃなくて、好きな人に見せているんだから。」 そう言って彼女は微笑んだ。この笑顔も、いつか特定の男性に見せるのだろうかと露木は考えていた。その人にしか向けない表情。出来たばかりの花の端を摘みながら露木は呟く。 「でも、それってもったいなくない?その人にしかその表情を見せないって。」 「うーん。でもあちこちに振り撒く方がもったいないと思うよ。その人だけにしか見せないから、特別なんだよ。だってさ、一条先輩が萌華に見せる心からの笑顔を他の女の子たちにも見せてたら、嫌でしょ?」 露木は考え込んだ。東武動物公園でペンギンに餌をやっている時の無邪気な笑顔、それを思い出して彼女は静かに頷いた。それを見た岡村は納得したように首を縦に振って、露木の肩に手を置いた。 「その人の仕草や表情に目が奪われるのが恋で、それを独占したくなるのが愛なんだよ。きっとね。」 ぐっと背を伸ばし、全ての花紙を装飾用の花に変えた岡村は大きくあくびをする。その時教室の前から学園祭実行委員の声が飛んだ。 「皆さん、作業を一度止めてください。カフェのメニューの候補が決まったので投票を行いたいと思います。」 全員の視線が学園祭実行委員に集まる。露木はその中で隣の岡村に目をやって、安堵した表情で小さな溜息をついた。
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