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職員室前の廊下は年齢層が高く、入学に関するパンフレットが窓際の机に並んでいる。それに付き添うようにどこか幼い制服姿の男女が退屈そうに歩いていた。自分も1年前まではあそこにいたのかと露木はぼんやりと考え、辺りを見渡しながら歩いている女子生徒と自分を重ねていた。 そのまま廊下を抜け、角を左に曲がる。短い廊下の向こうには体育館があった。 角の向こうがやたらと騒がしく、多くの生徒たちが奥へ吸い込まれていく。一体何が行われているのか分からずに立ち尽くしていると、背後から声がかかった。 「おお、今行くとこ?」 葛城はどこか焦ったように、息を切らして言う。 「えっと、どこにですか?」 「体育館じゃないの?これから景のライブ始まるよ?」 「え!」 思わず声が漏れる。少しして彼は納得した様子で頷いた。 「そっか、知らないか。今軽音部がライブやってるんだけど、その後は事前エントリーでの自由参加でさ。ダンス部だったりお笑いのコンビやってる奴らとかが壇上で漫才したりとか、そういうのやってるのよ。多分今年は景がトップバッターなんじゃないかな。」 彼の言葉を受けて、彼女は一目散に走り出した。短い廊下を突き抜けて薄暗い階段を上がっていく。徐々に臓器を叩くような重低音と乱雑なバンドのリズムが近付いていきて、その音が一点に集まった体育館へ続く広々とした扉の向こうへ駆け出した。 全校朝会で見るいつもの雰囲気とは違い、煌々と照らされた奥の壇上の前には数百人の観客が並んでいた。皆軽音部のドラムやギターのリズムに体を揺らしている。六石の制服だけでなく、他校の生徒たちも大勢いた。 やがて盛大なクライマックスを迎えた壇上のバンドが、割れんばかりの拍手を浴びて袖の向こうに消えていく。後ろの方で露木は奥を見ていた。 「それではここからはフリーライブだ!皆まだまだ盛り上がっていけるな!?」 軽音部であろう生徒がマイクを片手に叫ぶ。それに答えるように観客は唸り声をあげた。 「よーし、まずはトップバッターだ。3年A組の有志によるヒップホップユニット!どうぞステージへ!」 見慣れた袖の向こうから大きな機材が運ばれてくる。どうやらDJブースのようだった。それに続いて袖から飛び出してきたのは2人の男子生徒であった。黒いニューエラにオーバーサイズの白いパーカー、ダメージジーンズにスニーカーを履いた一条景は観客を煽る身振り手振りでステージに登場する。 思わず露木は爪先立ちで遠くを見た。しかしそれを見て露木の隣にいた他校の女子生徒が2人、こそこそと笑いながら言う。 「え、もしかしてラップ?」 「うわー、絶対滑るじゃん…。」 少しだけ胸の奥がちくりと刺されたような痛みに駆られる。しかしそんな彼女の肩を、追いついた葛城がぽんと叩いた。 「大丈夫だよ。景と弘毅なら全員盛り上がるから。」 「で、でも、もしかしたら緊張してるかも…」 彼女がそう言いかけたところで会場のスピーカーから妙な音が鳴った。食器を指先で擦るような音が立て続けに起こり始め、それが加速するにつれて前方から歓声が上がる。 やがて体育館の壇上に設置された大きなスクリーンに、DJ機材を巧みに操る一条の友人が映し出された。その映像を撮られていることに気付いたのか、弘毅と呼ばれた男子生徒はカメラ目線でスクラッチを加速していく。 歓声が先ほどよりも膨らんでいくと、こそこそと笑っていた女子生徒たちも釘付けになっているのが見えた。 やがて弘毅のスクラッチが静かになっていくと、それと反比例するように反響するような音が大きくなり、マイクを持った一条が声高に叫んだ。 「行くぞー!」 その声と同時にステージは眩い光に照らされ、お祭りのようなビートが轟きはじめる。一条たちは一瞬で会場を掌握し、彼のラップが始まった。 2000年代前半に流行した、紅白歌合戦の出場経験もあるというヒップホップクルーは3人組らしく、一条は一人三役で韻を紡いでいく。時折歌詞を変えて六石祭に関しての内容を歌い、会場の数百人は心臓を揺らす爆音と彼の巧みなラップに心酔していた。サビでは数百人の腕が伸びて、まるで風を送るように前後へと揺れている。 気付けば露木も右手を挙げ、遠くの壇上でラップを歌う彼氏に熱意を送っていた。 自然と頬が緩んでいたのは、中学時代にあだ名をつけられて小馬鹿にされていた自分と、陰でこそこそと何かを言われてもそれを吹き飛ばせるパワーを持つ一条を重ねていたからだった。
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