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数学のプリントを半分に折り、小学生の頃から使っている椅子に体を預ける。ギィ、と音が鳴って、秒針を刻む音だけが部屋の中に響いていた。もうすぐ時計は23時を指そうとしている。金曜日の夜ということもあってか、早めに来週までの宿題を終わらせた露木は小さくため息をついた。
家族は寝静まり、あらゆる音を排除した夜深く、露木はぼんやりとしていると常にあの日の出来事を思い出していた。
学園祭が終わって1週間が経ってもなお後夜祭の深いキスは味を保っていた。今まではどことなく排斥していた”性”を改めて意識するようになり、それを思い出す度、腰回りに熱の籠った雲がしつこくまとわりつくようだった。
「はぁ…。またか。」
1人ぼそっと呟く。すぐに気分転換をしようと、テレビのリモコンを探す。部屋の隅に転がっていたリモコンを見て、露木は諦めてしまった。
未だに腰回りの靄は消えてくれない。それどころか徐々にあの時聞いた唾液の絡まる音が蘇ってしまう。いつの間にか呼吸が荒くなっていたことに、彼女はようやく気が付いた。
それを拭うように首を横に振る。ふと視線を向けた先に、あまり使う機会のない教科書や資料集などが並んでいた。露木は保健体育の教科書に吸い込まれるように、ゆっくりと手を伸ばした。
何気なくページを捲る。身体の二次性徴などが分かりやすい図と共に掲載されており、露木は荒い呼吸のまま次のページを開いた。
びっしりと文字が並ぶ中にある3文字を見つける。それまでは見て見ぬ振りをしていた”性行為”という字が、何故か今は強く光を放っているように見える。彼女はその時に5月の資料準備室を思い出した。
(そっか、あの時…)
いくら避妊具をつけて性教育を行っていたといえど、性行為に変わりはない。何故か今になってそれを思い出し、露木は考えるよりも先に体が動いていた。
椅子から立ち上がって部屋の隅に向かう。白い縁の全身鏡の前に立ち、全身が見えるように角度を変える。薄い桃色のロングTシャツは無地で、短いグレーのハーフパンツは角度さえ変えれば下着が見えてしまうほどだった。
露木は改めて自分の身体を見ていた。
元々肌は白く、ふくよかではないために足はすらりと伸びている。一条はこの足を気に入ってくれるだろうか。何気なくそんなことを考えながら、ゆっくりとTシャツをめくり上げて彼女は自分の乳房を眺めた。
決して特別大きいわけでもなく、かといって悩ましいほど小さいわけでもない、掌で水を含んだ風船のように収まる形。一重梅色の控えめな乳輪の上に、くたびれた小さい桜桃がある。
そこに触れるのは2度目だった。
鏡に写った自分を眺めながら、指の腹で小さな桜桃を転がす。中学校一年生の時に風呂場で何気なく触っていると、それは硬度を宿していた。くすぐったい感覚からもどかしさに変わるまで、3年前はかなりの時間を要していた。だからこそ露木はその先に行くことを躊躇っていたのだった。
ゆっくりと目を瞑って、乳頭を撫で回す。1週間前に頭の中で鳴っていた唾液の音が反響する。瞼の裏には資料準備室で腰を前後に振る一条の姿があった。
「あっ…」
虫が鳴くような小さい声が漏れ、咄嗟に口元を掌で覆う。しかし露木は指先の動きを止められなかった。
段々と乳頭が硬くなる。時折潰すように、慰めるように、優しく触れていく。耐え切れないほどの尿意と格闘しているかのように腰をくねらせる。そのもどかしさの核がある下腹部に手を伸ばしていった。
掌がグレーのハーフパンツの上を滑っていく。その下にある微かな膨らみをなぞるように、指先を這わせた。
表皮の下を数人が駆け抜けていくように体が小さく震える。布の厚みはあったものの、それでもその摩擦を止めることはできなかった。
「んっ、ああ…」
柔らかな乳房を掌の中心に集めるように指を折りながら、ハーフパンツの膨らみを擦っていく。摩擦によるものなのか、興奮によるもので中が熱くなっていたのか、それを確かめるために乳房から手を離し、腰を左右にくねらせながらハーフパンツを足元に落とす。青と白のギンガムチェックが目立つショーツを見て、汚れてしまうかもしれないと不安になった彼女はたった一枚の薄い下着まで脱ぎ捨てた。
白い肌の上に黒い霧のような毛が生えており、その下には微かな溝がある。性行為はここに男性器を挿入するものである。それは保健体育の授業で何度か目にしたことのある事実であった。
交際しているのであればいずれ一条ともそういった行為に耽ることもあるだろう。もしかしたらあの資料準備室で見た時よりも、優しくしてくれるかもしれない。そんな期待が沸々と滾る。そんな未来に胸を膨らませて無意識に膣口へ指先を持っていった。
「えっ…」
溝の表面を軽く撫でた。その時に指先で感じ取ったのは、水を含んで絞り切っていない雑巾のような感触だった。
衝撃で今にも垂れてしまいそうなほど溝の表面は粘液を含んでいる。どことなく表面だけを触ればいいと、露木は考えていた。しかしその水量を見て好奇心は止められずにいた。
全身鏡に写った自分を眺めながら、ほんの少しだけ腰を前に突き出す。両手でどこに指を当てがったらいいかを確認しながら、露木は初めての性的興奮を味わっていた。
両の指先でぐっと広げる。たったそれだけで今まで見ることのなかった自分の秘部が露わになる。明確にどこが膣口なのかを探るため、右手の中指をダウジングのように彷徨わせていく。
「あ、ここ…」
妙な音を立てて、あっという間に中指が沈んでいく。先程の痙攣が倍になって露木は深いため息をついた。
ゆっくりと指を引き抜いて、再び仕舞う。その繰り返しの作業が徐々に速度を上げていく。鏡に写った自分を見ていられなくなった彼女は嫌な出来事から目を背けるように瞼を閉じる。しかしそこに浮かび上がったのは一条が腰を前後に振る映像と、2人だけの教室で聞いた唾液の音だった。
性欲に逃げ場はなかった。
抑制は効かぬまま、腰の震えや右手の動きは止まらない。幼子が水溜まりの表面に波を立たせるような音が部屋に響く。やがて腰の裏から何かが迫ってきては離れていく感覚が起こった。
ふと目を開ける。鏡に写し出された淫らな姿を見て、彼女は羞恥の欠片もない格好をある日の放課後に重ねた。
自分と一条が性行為に耽る姿、その朧げな映像が徐々に瞼の裏で輪郭を帯びていくと、先程まで腰の裏で往来していた妙な感覚が突然顔を覗かせる。体の中から何かが飛び出してしまいそうな、不安にも近い感覚。しかし露木は止められなかった。
「あ、あっ…ダメ…」
全身が大きく波打ち、咄嗟に中指を引き抜く。どう抗っても彼女はその痙攣を止められず、膣の内壁がぎゅっときつく締まる感覚に陥っていた。
いつの間にか呼吸は体育の授業の時よりも乱れており、体を満たしていた興奮がゆっくりと冷めていく。初の性的絶頂を迎えた露木はようやく自分のあられもない姿を俯瞰的に理解し、果てしない罪悪感に浸ってしまった。
あろうことか一条を想像して自慰行為を行ってしまった。ここにいない彼を思って突然申し訳なくなり、慌てて足元に落ちていたショーツとハーフパンツを履き、無地のTシャツを被る。そのまま電気を消すことなく露木はベッドに飛び込んだ。
毛布の中に潜って目をぎゅっと瞑り、ため息をつく。もう瞼の裏に放課後に見た映像や、後夜祭で聞いた唾液の音は聞こえない。性欲に駆られてしまった自分がみっともなく感じて彼女は目を開けられずに次の日を迎えてしまった。
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