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7
「え、そんなあっさり引き下がったの?」
「うん。何だったんだろう。」
徐々に昼休みの形は決まっていた。一軍と呼ばれている男子生徒たちは皆学食で腹を満たした後は校庭に向かい、それ以外は教室に留まったまま5時間目を待つ。2人は後者だった。
「なんで萌華にちょっかいかけるんだろう。」
「うーん…分からないけど、あれかなぁ…。」
何気なく露木は呟く。すると岡村は突然身を乗り出して声を低くした。
「ねぇ、一条先輩の、あれを見たって本当なの?」
窓際の隅で大人しい男子生徒たちが歓声を上げている。ゲームで何かをクリアしたのだろう。
「うん、まぁ…。」
あえて2人は”あれ”が何かを言うことなく、クラスの談笑に紛れさせながら続けた。
「本当にあそこでやってたの?」
「そう。相手が誰かは分からなかったけど、私に気が付いて笑ったの。」
「ええ、怖いねそれは…。ていうか学校でする人って本当にいるんだね。」
確かに、と言って露木は唸る。まるで大人向けの少女漫画のようだ。場所を選ばずに欲望の赴くまま行う、露木には到底理解できない行動であった。
そして岡村は首を傾げてから不思議そうな表情を浮かべた。
「そういえばさ、教育だって言ってたじゃん。あれどういう意味なんだろう。」
頭の中で一条の声が蘇る。性教育と言って放課後、女子生徒と秘め事を行う。彼の目的がいまいち分からなかった。
「もし本当に教育だっていう目的だとしたらさ、金で買ってるっていうのは間違いじゃないよね。授業料を払ってもらってるみたいなことになるのかな。」
「でもそれで正当化しようとするのは違うよね。」
弁当箱の隅に残ったポテトサラダを平らげ、ケースに箸を仕舞う。ごちそうさまと言って両手を合わせてから露木は立ちあがった。
岡村の前から離れてトイレに向かおうと廊下に出る。教室の前から離れていくと、背後から声をかけられた。
「よお、萌華ちゃん。」
明るい茶髪を掻き上げて一条は上履きをスリッパのように鳴らしている。露木は思わず身構えた。
「な、なんですか。」
「何って昼休みだからな。」
そう言って露木の前に立つ。臆している彼女の前で一条はネクタイを緩めた。
「放課後、資料準備室来いよ。」
「なんでですか。」
「簡単じゃんか。お前、処女だろ?」
廊下は相変わらず騒がしかった。皆様々な教室を行き来して、校庭に走っていく者もいれば、廊下の窓際で話し込んでいる女子生徒もいる。2人の会話はその喧騒の中に紛れていた。
「だからなんですか。セクハラじゃないですか。」
「セクハラって言われてもなぁ。どのみちセックスするんだから、そんな前置きいらねぇよ。」
「いや、いいですから。教室戻ってください。」
一条に背中を向けて先を行こうとした露木だったが、すぐに動きを止められてしまった。
ワイシャツの襟に一条は自らの指先を引っ掛け、露木は立ち止まる。その指をくるりと回転させると小柄な彼女は再び一条と向かい合った。
「逃げんじゃねぇよ。セックスに関して何も知らねぇんだろ?だったら教えてやるよ。」
「だ、だから、なんでですか。ていうか私じゃなくてもいいじゃないですか。」
たった2つしか離れていないというのに、1年生から見た3年生はとてつもないほど先輩のように感じてしまう。
そんな露木を見て、一条は片方の眉を吊り上げてから襟に引っ掛けた指を離した。ポケットに手を入れて鼻から息を抜く。何故か悩ましそうに後ろ髪を掻くと一条は呆れたように言った。
「じゃあ、まずは見てるだけでいいよ。今日の放課後に授業やるから最初から最後まで見届けろ。いいな?」
「ちょ、ちょっと、だからどうして私が」
「いいから。授業終わったら来いよ。じゃあな。」
強制的に押し付け、一条は彼女に背を向けて立ち去った。校庭から聞こえる生徒たちのはしゃぎ声と、違う教室から聞こえる談笑が混じる廊下で、露木は深いため息をついた。
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