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2人で初仕事
北国の夏、S市の駅前にある交番に小学生たちがぎゅうぎゅうに詰まっていた。やいのやいのと騒がしい子供たちには大人しそうな中年の男性教諭の「はい、静かに」という言葉は届いていない。
カルガモの子供のように騒がしい彼らに囲まれている警察官2人。
「こんにちは。」
一ノ瀬京警部補が挨拶をしただけなのに女子児童からきゃあきゃあと黄色い声があがった。ここはアイドルのファンミーティング会場かな、と一ノ瀬の隣の山瀬いずみ巡査部長は眉をひそめた。
「わたししってる、こういうひとのことをイケメンワカテハイユーっていうんだよ。」
俳優じゃないし。
「そーそー!ママがいつもみてるドラマにでてたとおもう!」
絶対出てないよ。
いずみは脳内で女子児童の言葉に一つ一つツッコミを入れる。
一ノ瀬が彼女らの言葉に苦笑いするだけで彼女らが顔を赤らめ、担任教諭は深いため息をつき、いずみは申し訳なさそうに目を伏せた。
小学生は社会科見学で交番に訪れていた。
事前に学校側から根回しがあり、どんな話をして欲しいとか色々と回答や資料を用意していたのだが一ノ瀬の顔面の良さのせいでなかなかすんなりと授業は始まらないでいる。授業始めてくださいよ、先生、といずみは思うのだが気弱そうな担任教諭は「はい、静かに」を繰り返すだけだ。痺れを切らしたいずみが口を開いた。
「こんにちは、今日はお巡りさんの仕事のインタビューということですね!勉強にきてくれてありがとう、早速ですが交番にいる警察官の1日のお話を始めますね!」
山瀬は普段の声から一段階高い声を出して、テンションを上げ笑顔を作った。若いお巡りさんの顔面にはしゃいでいた女子児童らは明らかにいずみの存在を邪魔くさがり、小声で「ウザっ」と呟いた。それがいずみには聞こえないはずもなく、早々といずみは感情のスイッチをオフにした。
いずみは以前交通課で働いていた経験がある。子供向けの交通安全教室に幾度となく呼ばれ色々と手を尽くして交通ルールを守ることの大切さを伝えてきた。幼稚園児までは着ぐるみや腹話術が通用するのだが、小学校中学年にもなると、やれ着ぐるみの中は誰が入っているのか、やれ腹話術では人形を操ってる警察官の口が動いた、だのいちいち口に出しては一緒に参加している低学年の子供たちに余計なことを吹き込んで、交通安全の話なんか記憶に残らせちゃくれない。いいかーい、君たち、道路を歩くだけで道交法っていうルールがあるんだぞー、結構身近でこれを守らないと君たち死ぬんだぞー、と声を大にして言ってやりたい気持ちを何度抑えたか。それからと言うもの団体の小学生が苦手ないずみだ。
いずみが交番の仕事について説明をするのだけれど、上司である一ノ瀬は何も口を挟まない。なぜなら一ノ瀬は交番勤務が今日が初日だからだ。一ノ瀬は一流大学を卒業し将来は警察幹部を約束された身である。いわゆる警察キャリア組。交番には3ヶ月ほど実習として勤務をし、次は刑事課や公安等々各課で実習をし、次の春には警察庁に戻っていく。実習1日目である一ノ瀬は交番について机上では勉強してきてはいるけれど、実務については警察官になってもうすぐ10年のいずみの方が経験があるのだ。
広報用に作られたプリントを配りそれを元に話をして、小学生に質問を促すと児童たちは我先にと手を挙げた。
どうやったら警察官になれるの。
パトカーの車種は。種類は。
婦警さんも拳銃を持ってるの。撃ったことはあるの。
etc…
「ぼくは大人になったらパトカーをうんてんしてドロボーをつかまえたいです。おまわりさんはどうしておまわりさんになったんですか。」
日ハムのキャップがよく似合う男子児童がはきはきと質問をした。
それまで上手に答えていたいずみの口がとまった。
「…人の役に立ちたくて…?かな?」
あははと笑って誤魔化したが日ハム少年は納得しないようで、
「でも、それならほかにもいろいろおしごとはあるよ?」
と言った。いずみはその通りだ、と納得する反面、なかなか面倒くさい子だとも思った。
思いつきで警察官を職業として選んだいずみは建前でいいのになかなかすぐには良い答えを用意できなくて、自身の採用試験の時はなんて答えてただろう、何かいい答えはないだろうかと言葉を探しつつ笑って誤魔化そうとしたときだ。
「僕もね、パトカーを運転したくて警察官になったんだよ。」
それまで黙っていた一ノ瀬がニコニコと言った。回答に満足した日ハム少年もにこりと笑い、女子児童らはまたキャアキャアと声を上げた。
それから質問の回答は一ノ瀬にバトンタッチだ。さすがキャリア組である。小学生の相手も難なくこなす。弱点なんかなさそ、といずみは横目で滑らかに動く唇を羨ましく見ていた。
「最後の質問にしましょうか。」
担任が言うと、ツインテールの女子児童が「わたし!わたし!わたし聞きたいことがある!」といっぱい手を伸ばしその場を跳ねて猛アピールをした。どうぞ、と一ノ瀬が指すとキャッキャと喜んで一ノ瀬に質問をした。
「おまわりさん、かのじょはいるんですか?」
その質問に一ノ瀬は笑顔を貼り付けたまま固まった。
それをいずみは緩もうとする口をキュッと噛み締めて内心面白がって見ていた。
いや、あの…そういう質問は…とか口籠もっている様子に女子児童はさらに「かわいー!」と声をあげて喜んだ。そうなると彼女たちは挙手なんてせずに「タイプは?」「かみは長いほうがすき?」「おしごとじゃない日はなにをしてるの?」と一ノ瀬へ個人的な質問が溢れて、担任も手に負えないようで、いずみも男子児童も蚊帳の外状態。交番はファンミーティング会場から集団お見合い会場になった。
面白がっていたいずみも度が過ぎる彼女たちに呆れながら、小学生女子ってこんなにマセてたっけ?といずみは自分の小学校時代を思い出したが、いかんせん、いずみの育ってきた環境は隣家まで数百メートル、見渡す限り牧場と畑しかなく同級生はいずみを含めて3人だから記憶は参考にはならない。
気弱な担任の先生はなんとかお見合い会場をまとめて、夏の強い日差しの中、児童を綺麗に並ばせてアリの行列のようにぞろぞろと学校へ帰っていった。
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