克服

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 私の友達は昔、ホラー映画が苦手だった。  CMを見ただけで悲鳴をあげるような子で、ホラー映画だけでなく、お化け屋敷や怪談話も全力で拒否するぐらいには「ホラー」がダメな子だった。 「どうしてわざわざ怖いのを見るの!?」  当時の口癖を、今でも覚えている。  涙目になる姿が面白い、なんて、わざわざからかったこともあったぐらいだ。  ……それなのに。不思議なこともあるものだ。 「え。それ、ホラーじゃん。良いの?」  休日、久しぶりに遊ぶことになり、彼女の家に集まった。何か映画を観よう……という話になり、彼女が選んだのは意外や意外、ホラー映画だった。 「このシリーズ、面白いんだよ!」  明るく笑う友人。  まあ、確かに、やたらと怖いものに怯えていた学生時代からは10年以上が経つ。趣味嗜好が変わっていてもおかしくないし、恐怖を克服していたとしてもおかしくはない。  画面の説明を見たところ、よくある殺人鬼ものだった。それも、私でさえ聞き覚えがあるくらい、有名なシリーズ。 「まあ、いいよ。ちょうど観たことなかったし……」  昔は怯える彼女が面白かっただけで、私自身、ホラーが別に好きなわけじゃない。  どうせ作り物だし、と思うとそこまで怖くはないけれど、別に見ていて楽しいとも思わないからだ。というか、正直アクション映画の方が好き。派手だし。 「これねー、主人公が良いんだよ」  再生を始めても、彼女は怯えなかった。  それどころか、ニコニコと楽しげに画面を見つめている。  主人公……というと、殺人鬼と対峙するイケメンだろうか。それとも、よく画面に映ってるヒロインの方? あ、もしかしたら殺人鬼の方かもしれない。有名な俳優が吹き替えやってるし。 「可愛いんだぁ」  可愛い。可愛いと来たか。じゃあヒロインの方……なのかな。  とはいえ殺人鬼の方も仮面が可愛……く見えなくもないし、そういう趣味の人がいるのも聞いたことはある。呪いの人形の不気味さがむしろ好きって人も、たまにいるし。 「……あんた、怖い話苦手だったよね。もう克服したんだ」  思わず聞いてみる。 「えっ、今も苦手だよ!?」  ……と、意外な返事が帰ってきた。 「これ、ホラー映画だけど……?」 「あ、そういうことか……! このシリーズなら幽霊もゾンビも出てこないし、全然怖くないよ?」 「あ、そ、そう……?」  もしかしたら、仮面の殺人鬼への愛が恐怖を上回ったのかもしれない。  たまにいるよね。ホラー映画の殺人鬼好きな人。ファンアート描く人も大勢いるって聞くし、人気の高いキャラクター達がクロスオーバーすることもある。  そういうハマり方なら、まあ納得しなくもない。昔からそれなりにアイドルとか好きな子だったし……。 「でも、昔はグロいのもダメだったじゃん」  そう聞くと、 「えー、でも『所詮作り物でしょ』って笑ってたのはそっちだよ……?」  キョトンと首を傾げてくる。  そんなこと……言ったな。うん、絶対言った。煽るために言った。  なんて語らう間も、鑑賞会は続く。 「この主人公ね、絶妙におバカで詰めが甘くて可愛いの」  ニコニコと画面を見つめる先には、若かりし頃の人気俳優と女優が映っている。  まあおバカで詰めが甘いっていうと、どっちの登場人物もそうかな。最後はどうにか殺人鬼を出し抜いて勝つけれど。  ……ん? やっぱり殺人鬼の方? 出し抜かれて負けるわけだし。まあいいか、どっちでも。 「本当に、作り物ってわかっちゃうと全然怖くないね」  暗くした部屋の中、視界の片隅で何かが光った気がした。
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