『秋蛇様』

1/13
前へ
/15ページ
次へ

『秋蛇様』

 私は夜夏が放つ独特の匂いが好きだ。どこか懐かしいような、どこか親しみがあるような、そんな感情が湧き上がる。私が住むこの場所はかなり田舎で、周りは畑で視界が覆い隠されるほどである。  夜の畑道で眼を閉じ、耳を澄ませば、容姿は嫌いだが、心地の良い虫の音色が囁かれる。  最近知った事だが、この音色の主はクビキリギスと言う虫だそうだ。4月、5月辺りに盛んに鳴き、年中生息しているそうだが、私は夏の虫と感じている。  昼間はセミの騒音で心身共に暑さを覚えるが、夜になればその騒音は消え、クビキリギスの合唱が始まる。私はそれを聴きながら物思いに耽ったりして夜夏を謳歌していた。  しかし、そんな時期も、もうすぐ終わる。先程私の住むこの場所は田舎と言ったが、もはや村と言っても良いぐらい殺風景で何も無い。  映像としては綺麗に映るかもしれないが、実際はとにかく虫が多い。特に、蚊には毎年苦戦を強いられる。  少しでも肌を露出させれば、それがどれだけ狭い隙間であろうとお構いなしに複数で血液を搾取しに来る。この村ではそれが恒例となっていた。  それだけ聞けば普通の村のように思うかもしれないが、ここからがこの村の特異部分である。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加