日下の記憶

14/15
前へ
/104ページ
次へ
ああ、気が重い。 だが自分が蒔いた種だ。 一言謝るくらいの誠意はいるだろうな。 鬱々した気持ちのまま金木犀へ訪れた。 どうしたものかと思っていたが、謝ってきたのは芽生だった。 「日下さん、先日はすみませんでした。と、とにかくですね、私は日下さんをもっと知りたいので、お友達からお願いします」 頭を下げつつも手を差し出す芽生。きっと誰かから香苗のことを知ったのだろう。それなのに俺の事を知ってどうするんだ。面白くもなんともないのに。そんな芽生の感情がまったくわからなかった。 友達になって何になる? だけど嫌だと断るのも何故だか憚られた。 「いいよ」 自然と口からこぼれた。 けれどそこに感情はなかった。それなのに、芽生はとたんにくしゃっと嬉しそうな顔をした。だが俺の口からは自然と冷たい言葉が紡ぎだされていた。 「悪いけど俺は誰とも付き合う気はないから。悪かったよ。俺は最低な男だから。だからもう俺に構うな」 芽生の顔が歪んだのがわかった。ほのかに胸がチクリとしたのはきっと気のせいだろう。 酒をぐっと飲み干して心を無にする。 もうこの話は終わりだ。 考えたくない。 俺は一人でいい。 それなのに芽生は俺にビシッと指を突きつけた。 「私は絶対に日下さんを笑わせます。そして絶対に振り向かせてみせます。覚悟してくださいね」 妙に自信に満ち溢れたその顔は俺から言葉を奪った。人を惹き付けるような朗らかな笑顔に思わず釘付けになる。 「ママ、おかわりっ。日下さんの分も。はい、じゃあ乾杯!」 芽生の勢いに圧されて俺は酒をあおった。が、芽生こそやけ酒のように飲んでいた。
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3090人が本棚に入れています
本棚に追加