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ジリリリリ
侵入者を報せる警報器が鳴り響いた。
人間の数万倍の聴覚を持つマックスはピクッと垂れ耳を震わせた。
「きっと怪盗ラッキーセブンなのです!行きましょう!」
わんわん探偵団の中でも一番真面目で使命感の強い黒柴のルディが走り出す。
「ラッキーセブンめ、のこのこと現れやがったな!行くぞバギー!」
「おいサー!」
探偵団のリーダー・ビーグル犬マックスの号令にボストンテリアのバギーは反射的に応えた。マックス兄貴の号令に気合いを見せるのは、子分のバギーのいつもの合いの手だ。
ここの所、事件が無くマックス兄貴とのコンビは久し振りだ。久々のスリルに意気揚々とするし、今回の事件は、どんな展開を見せるのか。それを期待すると胸が高鳴る。
耳を澄ますと資料館の扉が動く音が聴こえる。
「兄貴、奴等逃げる所なのら!」
そう、ここは、資料館。妖怪の古里西奈村に最近建築された郷土資料館だ。
昨日の夕方、わんわん探偵団の犬達がお散歩から帰宅すると、風雅探偵事務所の入口に見慣れた男性が待っていた。
探偵団の飼い主、風雅舞の父親にして、西奈村の村長風雅烈だ。
で、今日は何しに来たの?と、舞姉ちゃんが尋ねる…。
「ええっ、怪盗ラッキーセブンから予告状?!」
「そうなんだ舞、これを見てくれ」
烈は懐から777と刻印された一通の封筒を取り出した。
「ラッキーセブンだから777…手が込んでいるわね。どれどれ」
舞姉ちゃんは封筒の便箋を音読した。
「今夜、西奈村の郷土資料館から天狗の絵巻をいただく。怪盗ラッキーセブン。絵巻って何なのさ」
ラッキーセブンとは、妖怪好きで知られる妖怪ヲタの怪盗だ。彫像、絵画、古書等、妖怪に関する物なら何でも欲しがり盗む妖怪怪盗なのだ。今回、奴等が狙っているのは、画家水木太郎の作品「天狗の小平太」の生原稿。狩野派絵師である水木先生が描いた浮世絵だ。
「最近私のコレクションに加わった竜爪天狗の浮世絵だ。狩野派が描いたもので、今は西奈の郷に保管してある」
西奈郷とは、資料館の横に建つ公民館だ。
「あそこなら警報装置もあるし、地下倉庫もある」
だから仕入れたばかりの展示物は大抵、まず公民館の地下倉庫に保管される。
バギーはそれを聞いて胸が弾んだ。怪盗とのバトル、追跡劇、そして逮捕すれば御褒美に貰える烈さんお得意の手料理「鰯とトマトケチャップのナポリタン」は格別だからだ。
バギーは菊川市の警察犬学校を卒業するまでの三年間を、ここ静岡市の西奈村で過ごした。静岡市はトマトの産地として有名で、烈さんのナポリタンは美味しいトマトを更に美味しく、まずボイルして皮を剥いた後に引き潰してパスタに絡めて炒める。
訓練中、嗅覚訓練で良い成績を出すと、その日の夕食は必ず鰯とトマトケチャップのナポリタンだった。
それを舞姉ちゃんが焼いたパンと一緒に食べる。至福の時だ。
玄米のパン生地は独特の弾力があり噛みごたえが良く、種のレーズンも柔らかく食感が良い。生地に乗せられたチーズは古代の「蘇」と云う山羊乳のチーズを再現したモノを使っており、独特の芳香である。もう一つは蕎麦粉を練り込んだ生地にやはり「蘇」を乗せ、舞茸としめじをトッピングしたピザだ。
早くラッキーセブンを捕まえよう!
バギーは走り出した。
公民館の入り口に着くと二階の窓からロープを使ってラッキーセブンが逃げ出す所だった。背中には、天狗が描かれた絵巻を背負っている。バギーは駐車場に向かうと、ラッキーセブン達の車を探した。一台怪しい自動車がある。ナンバーが777なのだ。そうっと自動車の前輪に近付くと、しょんべんを引っ掛けた。摩擦臭は走り出してからでないと追えないが、事前に引っ掛けた尿の臭いなら後で追跡可能だ。
777の自動車は長尾川の土手沿いを走りレストランミィマンマの前を通り過ぎた。ミィマンマは烈さんが経営し、舞姉ちゃんが看板娘を勤めるイタリア料理店だ。
フランス人形の様にくりっとしたオデコとオメメの舞姉ちゃんは、常連のお客様にも大人気の看板娘で、youtubeにおいては「踊ってみた」動画から人気の出た地下アイドルである。
瀬名から追跡した尿の臭いは、山を一つ越えた所にある、麻機の河童沼へと向かっていた。
此処は河童が棲むと伝説のある巴川に接した遊水池で、多数の沼と、縫う様に設置された砂利道がある公園だ。敷地内には、キャンプ場やハンバーガーショップもあり釣り客も訪れる。
「奴等のアジトは此処にあるのら!」
遂にラッキーセブンを追い詰めた。
奴等が世間を騒がし初めて以来、中々発見されなかったアジトをバギー達が発見したのだ。これは功績だった。
「きっと鰯のナポリタンより美味しい御褒美が貰えるのら」
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