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須藤の実子誕生
産まれて来たのは二卵性の双子であった。
あの日のたった一回で妊娠したのにも驚かされたが
双子だと分った須藤の驚きはそれを上回った。
(双子とはねぇ・・)
哲平は泣いて喜んだが、須藤は考え込んでいた。
「たいち?なんでそんなに深刻そうなんだ?」
涙を拭いながら聞く哲平に、須藤は説明した。
多産が孕むリスクは色々あるが
第一に、母体への負担がかなり大きい。
弥生の様に長身やせ型の女性は
概ね、軽いお産で済むのだが
それは、あくまでも単産の場合である。
第二に、胎児たちが健常児でない可能性を捨てられない。
個体差があるのも然ることながら、脳や内臓の発達など
何かしらのトラブルを抱えることもある。
哲平は、あっと言う間に沈み込んでしまった。
「ごめん、俺って能天気だな・・」
「あ、いや、俺の方こそゴメン!
つい先回りして、余計なことまで考えちまうの、悪い癖だ」
「いや、プロの意見は見過ごせないよ。弥生ちゃんと話してみるか?」
「うん、ちょっとアイツの見解、聞いてみよう」
しかし、当の弥生は、あっけらかんとしたものだった。
「たかが双子だよ?先輩・・考えすぎは良くないですって」
産婦人科医で「本職」だから、と家族は心配しなかったが
哲平は周りが大笑いするほど心配し、愛知へは帰らず
まるで「金魚の糞」のように、弥生に付いて回ったし
須藤はと言うと、殆ど毎日時間が空けば弥生の元に行き
血圧を測ったり問診したりするものだから
とうとう弥生から「ウザい!」と言われてしまった。
「先輩、妊婦にとって何が一番良くないですか?」
「え・・ストレス?」
「そう!先輩たちって、ストレスの素ですってば!」
「ゴメン・・」
「母体のストレスは、胎児にも影響しますよね?」
「うん」
「プロなんだから、しっかりして下さいよぉ・・」
「分った・・ホント・・ごめん」
「パパがそんなじゃ、この子たちに嫌われますよ?」
須藤はハッとして弥生を見つめた。
弥生は、クスッと笑って「シッシッ」
という感じに手を振った。
須藤は、自分の愚かしさを思い知り
弥生に全て任せることを決めた。
その後、哲平は殆ど仕事が手に付かず・・
臨月に入る頃には8キロも体重が減っていた。
弥生は、産休ギリギリまで仕事をこなし
予定日まで、いつも通り好きなように生活した。
スリムになった哲平は、人目を惹くほど好い男になり
憂い顔が女心をくすぐる、と街中でスカウトされたりした。
「それ、怪我の功名って言うんじゃなかったっけ?」
拓也や弥生から揶揄われると、哲平は真剣に怒った。
「バカ言えっ!心配でこんな顔なんだぞ?
イテテ・・胃もキリキリ痛いし・・」
「哲平ちゃんのそんなの、初めて見たわぁ~」
「俺も、兄貴がそんなに狼狽えるとこ、初めて見たよ」
「・・うるさいよ・・・」
「もう直ぐ産まれるんだからさぁ、体調整えてよ?」
「うん、分ってる。弥生ちゃんのお腹、はち切れそうだ・・」
「まぁ、二人入ってるからねぇ~」
「あんなにスタイル抜群だったのに・・」
「そこ??」
「妊娠線もイッパイ出てるし・・」
「アハハ!」「ククッ」
「な、何が可笑しいのさ?」
「いや、弥生さん、兄貴の嫁さんでも無いしさぁ」
「そうだ!そうだ!」
「弥生ちゃんはさ・・小学生の頃から俺らのマドンナだったから」
「まぁ、元に戻して見せるわよっ!」
「うん・・イテテ・・胃が痛い・・・」
それから程なくして、弥生は普通分娩で出産した。
お産は、予想よりも遥かに軽く、産後の弥生は元気で
二人の新生児を両脇に抱えて、ピースサインを出して見せた。
哲平は、巨体を崩し床にへたり込み嗚咽し
駆けつけた須藤の胸に縋って、男泣きに泣いた。
男女の双子は、特に異常もなく
男の子が3,000グラム、女の子が2800グラムと
双子にしては大きめであった。
哲平は、いつでも双子に逢える須藤に嫉妬し
毎日面会時間にやってきては新生児室に張り付いた。
(室伏せんせいの相手はいったい誰なんだろう?)
興味津々だった医師や看護師たちの間では実しやかに
毎日面会に来る哲平では?と囁かれていた。
そう、弥生は頑として父親の素性を明かさなかったのだ。
それは、今後も勤務医として働く自分の為でもあったが
病院が絶対に手放したくないであろう須藤の為でもあった。
弥生の気遣いが分っていた須藤は、知らぬ顔で子二人を見守った。
表向きは「主治医」の顔で、誰にも悟られてはいなかったが
新生児室で、スタッフたちがいなくなると・・・
二人の頬を撫でては涙ぐみ「ありがとう」と呟くのであった。
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