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須藤、弥生を知る
それから、直ぐに2人は懇意になった。
とは言え、お互いに自由時間など少なく
月に2回時間が取れれば良い方だった。
弥生にとって、須藤との会話は
これから臨床医として働く際の
指針となり得るものだったから
須藤に誘われるのを楽しみにしていた。
須藤は、話し上手であるが
それ以上に聞き上手でもある。
弥生の達者なお喋りに最後まで付き合える
数少ない「話し相手」だと弥生は感じていた。
須藤は「第一印象」を重視しない男である。
人は多重人格者で、コロコロと変わる・・
というのが彼の持論であり、既に
広い交友関係の中で、それは実証されていた。
(この子のファーストインプレッションは・・
「不躾で頭悪そう」だったか・・
あっ、それと処女か・・)
なのに・・
半年も経たないうちに、可愛い後輩に・・
弥生は、予想より頭のいい子であった。
探求心が旺盛で、それがあっちこっちに向いている。
女性にしては単純過ぎで、気遣いが出来ない。
しかし、嫌味を一切感じさせない。
(単に、不器用ってことかなぁ?)
などと思いながら、須藤は目の前で
鰻を頬張る弥生を見つめていた。
「先輩、食べないんですか?」
「お前、口の中いっぱいにして喋るのやめろ」
「あ、すいません」
肝吸いを「これ最高!」と飲む弥生に
自然と笑みが零れてしまうのに気が付き
須藤は「あっ・・」と我に返る。
「ちょっと飲んでくか?」
「あ、良いですねっ!
でも先輩、弱いからなぁ・・」
「・・お前がウワバミなんだろ・・」
その日、2人は須藤行き付けのバーに行った。
「お前、処女だろ」
「そうですけど、いけません?」
「お、お前・・・」
「だって、セックスより面白そうなこと
いっぱいありましたもん」
(普通の女の子は、こんなにあっけらかんと
自分が処女であることを肯定しないだろ?)
須藤は、目を見開いて弥生を見つめた。
「お前の年で処女って・・天然記念物もんだろ」
「先輩、私のこと幾つだと思ってます?」
「そりゃぁ、25.6ってとこだろ?」
「私、まだ22です」
「は???」
「あぁ、今年23か・・」
「えぇ?」
「話してませんでしたっけ?
私、アメリカで飛び級して大学に行ったんですよ。
そんで、戻って残りの2年医学部に行って
今・・です」
「留学してたの?」
「はい、すっごい反対されましたけどね」
「高校・・あっち?」
「はい」
「驚いたなぁ・・
どうして留学しようと思ったの?」
「中学1年のころだったかなぁ・・
知り合いのおばさんと映画観たんですよね。
おばさんが、みんなより
ワンテンポ早く笑うんですよ。
なんで?って聞いたら
英語分かるからって・・」
「うん」
「でね、おばさんが言ったんです。
字幕も吹き替えも、微妙に違うって」
「まぁ、厳密に言えばそうかもな」
「私、英語に俄然興味が湧いて・・
それでアメリカに行ったんです」
「でも、それなら向こうは開放的だし
それこそ、皆経験早いんじゃないの?」
「まぁ、そういう子もいましたけど
全部がそうって訳でも無いんですよ。
私、飛び級しちゃったしね」
「・・そっかぁ・・・
でも、お前可愛いからナンパされただろ?」
「うぅん、まぁそれなりに・・
でも、あっちの男の子臭いし」
「臭い?」
「はい、何か独特の匂いって言うか
あれ、香水ですかね?」
「あぁ、体臭消すためか・・な?」
「それと、眉毛が・・」
「眉毛?」
「はい、眉毛は黒くて太くなくちゃ!」
「く・・アハハハッ!・・お前ホント面白いな」
「え?そうですか?
先輩、金色の眉毛近くで見たことあります?
へんちくりんですよ?すっごく」
「まっ、好き好きだろ、それは」
須藤は、もう弥生が次に何を言い出すのか
楽しみで仕方なくなっていた。
「私、デカいからか東洋系の男子は
寄ってこなかったんですよ。
しかも、大学入学は16.7だから
子ども扱いでしたしねぇ」
「ってぇと、戻ってきたときは二十歳か」
「はい、成人式こっちでって
親が言ってたんで、丁度いいやって」
「そっかぁ」
「でね、先輩にお願いあるんですよ」
「なに?」
「セックスしてくれません?」
「えぇぇ!!ま、また唐突だな・・」
「うぅんと・・私、初対面の時聞きましたよね?」
「あぁ、誰とでも寝るのか・・って?」
「はい、あれ、私とも寝てくれませんか?です」
「はぁ?・・・お前・・節操ねぇなぁ」
「そうですかね」
「そうだよ」
「あの時、先輩がイエスって答えたら
既に頼んでましたけどね」
須藤は、この娘は一筋縄ではいかないと思った。
自分がどうすべきか、迷いに迷っていた。
「なんで俺なの?」
「向こうで、友達が口を揃えて言ってたんですよ。
初めての時は、上手い人とやった方が良いって。
そうすればセックスが好きになるって・・」
プッ・・と須藤が吹き出した。
「え?可笑しいですか?」
「いや、じゃお前、俺がテクニシャンと思ったの?」
「はい、だって誰とでも寝る人だから」
「それなぁ・・・まぁ良いけど
言っとくけど、俺バイだよ」
「あぁ、そうなんですか。
良いですよ、別に・・。
あ、じゃ抱かれる方もありっすか?」
「いや、男も女も抱くほう」
「はぁ」
「てか、お前気にならないの?」
「バイ、がですか?全然です。
向こうで友人の半分くらいは
ゲイかバイでしたからねぇ」
「さいですか・・・」
「私、耳年増なんですよ。
知りたくもないこと、耳に入って来たんで」
「あぁ・・そうなのね」
「で、イエスですか?それともノー?」
「いやいや、ちょっと考えさせてよ。
それにお前インターンなんだからさ」
「インターンだから?」
「いや、だから上司とやるのはどうなの?ってさ」
「はぁ、でもプライベートでは上司も
へったくれも無いですよね?」
「クククッ・・、お前さ留学長い割りに
古めかしい日本語知ってるねぇ」
「あぁ、それは向こうでの両親が日本人で
家では日本語オンリーでしたから。
だから、私日本語も上手です!」
須藤は「言い負かされる」の気分を味わっていた。
弥生には「口ごもる」という所が一切無い。
ポンポンと返事が返ってくるのが心地よい。
その日は、それ以上のことは何もなく
お互いに家路に着いた。
須藤は、ごねるでもなく強請るでもない弥生を
心の底から「好い子」だと思った。
弥生がインターン2年目のある日のこと
須藤からメールが届いた。
「イエス」
弥生は、自分が未経験だということを
特段気にしてはいなかった。
彼女の興味は、ただ「生命の誕生」にある。
それに深くかかわっているであろう「性」。
女性の、男性の、それぞれの「それ」が
どう導かれて、どういう形で表現されるのか・・
弥生はそれを知りたいと切望していたのだ。
観察するに・・・現時点で
須藤は、弥生の望む答えを
齎して(もたらして)くれる
ベストな男だと確信できた。
だから、この「イエス」は
弥生にとって待ちに待った返事であった。
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